ブチ切れ金森さんは忙しい

 荒々しくドアをこじ開けて突然に入り込んできた三人を、博士は楽しそうに、清川と守護者は驚きで目を丸くして見つめている。

 金森は額の汗を腕で振り払いながら、博士たちの方へ、ツカツカと歩み寄っていく。

「アンタね! 藍を攫って、私たちに訳わかんない化け物をけしかけたのは! 何てことしてくれてるのよ! 藍、無事だった!? コイツに酷いことされてない!?」

 ビシッと怒りの対象を指差して怒鳴ると、その勢いのままに清川に安否を問う。

 清川は金森に気圧されながらも頷くが、守護者はツンと、

「怪我はありませんが、意地悪はされました」

 と答えて博士を睨んだ。

 よく見てみれば、清川の目元には涙が浮かび、赤く擦れている。

「はあ!? 一体、何してくれたのよ! いくらちびっこだからって、やって良い事と悪い事があるからね!」

 優しく気の弱い友人が泣くほどの仕打ちを受けたのかと思うと、金森の中で激しい怒りが湧きあがる。

 ギロリと博士を睨みつけて、ギギギと歯ぎしりをし、更に博士のもとへとにじり寄る。

 金森の隣に怒りメーターがあれば、振り切れているだろう。

 強い怒りに晒された博士が、ヒョイと椅子から降りると、

「わぁっ! ごめんよ、ごめんよ。そんなに怒ると思わなかったんだ!」

 と、猛獣に詰め寄られて大慌てする飼育員のように、両手を突き出してアワアワと振った。

「そんなに怒ると思わなかった!? 藍は意地悪されて、こっちは訳わかんない化け物に襲われかけて、死にそうな目に遭ったのよ! 怒るに決まってるでしょうが!!」

 フンッと怒って胸を張り、右手を腰に置いて左手を震わせる姿が、今にも博士に殴りかかりそうに見えたのだろう。

 赤崎が、慌てて拳を下ろさせた。

「おい、いくら誘拐犯とはいえ、相手は小さい子供だぞ。俺の闇に選ばれし第六感は、小学生だと語っている」

「んなもん、見れば分かるわよ! 大体、この金森響が、ちびっこ相手に暴力を振るう訳が無いでしょう! というか冷静ね、赤崎! 怒ってないの!?」

 全身で怒りを露わにする金森に対して、赤崎の方は大人しく、あまり怒っているようには見えない。

 また、金森を押さえるその姿は、むしろ博士の味方のようにも見える。

 ほとんど八つ当たりのようにガァッと吠えると、赤崎は苦笑いを浮かべた。

「相棒がブチ切れているともう片方は大人しくなる、の典型に決まっているだろうが。いいから落ち着け、倒れるぞ」

 全力疾走の直後に大声を出したせいで貧血のようになり、グラグラと体を揺らしつつも、ガルガルと唸ることを止めない金森を、赤崎は呆れ交じりで宥めている。

 すると、博士がワタワタと地面に手をかざした。

「ごめんよ。でも、君たちが呑気にケンカなんか始めてしまって、全然こっちに来てくれないから。僕だって、皆を夕方までには帰そうと思っていたんだよ」

 どうやら、モタついてなかなか清川を迎えに来ない金森たちに痺れを切らし、急かしてやろうと化け物の群れをけしかけたらしい。

 モゴモゴと言いながら、クルクルと指を振って、自分の真下に小さな泉を作り出した。

 泉は、周囲の影響を受けて薄い青色に光っているように見えるが、実際は透明で清らかだ。

「言い訳してるんじゃないわよ、ったく! ゲホッ、ゴホッ!!」

 無茶をし過ぎた金森が涙目で咳き込んでいると、視界に、ニュッと真っ黒いマグカップが割り込んできた。

「ごめんよ。でも、本当に攻撃の意思は無かったんだ。信じておくれ。ほら、此処に泉をつくり出したから、飲んでくれよ。大丈夫。ただのミネラルウォーターだから」

 チラリと横目で見ると、赤崎たちも同じマグカップをもらっており、ブラッドナイトの方には既に水が入ったものが目の前に置かれている。

 金森とブラッドナイトは、同時にジッと赤崎を見つめた。

 どうやら二人とも、赤崎を生贄にするつもりらしい。

「お、おい、お前ら、大切な相棒を毒見に使うとはいい度胸だな。ま、まあいい! ここで、このナイトたる俺の素晴らしい度胸を見せてやる! 見てろよ!!」

 金森たちにビシッと人差し指を向け、堂々と宣言をすると、勢いよくマグカップに水を汲み、ゴクゴクと喉を鳴らして中身を飲み干した。

 勢いが良すぎて、喉やパーカーがビショビショに濡れている。

 水を飲む様子を金森は恐る恐る、ブラッドナイトはまん丸の目で見つめていたのだが、赤崎がマグカップを口から離して、

「水だ!」

 と、叫ぶと二人とも、

「水ね! ありがと、赤崎」

「にゃー」

 と、返事して、ゴクゴクと水を飲み始めた。

 よほど喉が渇いていたのか、金森は二杯目を飲んでいる。

「お前ら、先陣切って水を飲んだ俺に対する感謝が軽くないか? もっと、こう、カッコイイ! みたいなのを言ってくれてもいいのだが?」

 現金な二人に苦笑していると、普通に水を飲んでいたはずの金森がビシッと固まり、マグカップを落とした。

「うぐっ!」

 何かが詰まったような呻き声を出し、そのまま、パタリとその場に倒れ込む。

 丸くうずくまり、食いしばった歯の間からは、

「痛だだだだ……!」

 と、苛立った声が漏れている。

「金森響!? お、お前、忙しい奴だな」

 かき氷を早食いした人のように頭を抱え、瀕死の芋虫のようにウゴウゴと絨毯の上で這っている金森は、

「うるさい~! ちょっとは、心配しなさいよ~」

 と、辛そうに呻いている。

 赤崎としては心配もあったが、それよりも怯えたり、怒ったり、倒れたり、と忙しい金森に対する呆れが先に出てしまった。

 一応、「寒いのか? パーカーとかやろうか?」と声を掛けて、拒否されている。

「わぁ、ごめんよ! で、でも、それは本当にただの水なんだ。どうして、君だけそんなことに!? 知覚過敏とかなのかい!? お水が冷たすぎたのかい!?」

 同じように泉の水を飲んだ赤崎やブラッドナイトは無事であるし、金森のマグカップに何か細工をしていたというわけでもない。

 何故、金森だけが苦しんでいるのか分からず、博士はオロオロと彼女の周囲を泳ぎ回った。

 真っ黒くベタ塗された瞳には不安が躍っている。

 ギッと睨む金森の瞳が博士を捉えると、よろけながら起き上がって真っ白い頬を両手でムニムニと挟み込んだ。

 強くは摘まんでいないので痛くは無いが、素早く手数の多いそれは博士を困惑させる。

「わあ、なんだい、なんだい!? ご、ごめんってばぁ。怒っているのかい? それとも、お水のせいでこんな暴挙を!?」

 ムニムニムニィ! と、挟み込んで頬を揺らす金森は、涙で溢れる両目を閉じて何かに耐えながら、ギギギと口をこじ開けた。

「なんだい、じゃないわよ! 水飲んだ瞬間、なんか変なのが流れて来て、今もガンガン、頭の中をかき乱してくるんですけど!?」

 言っている間も辛いのだろう、金森はとうとう博士から手を放して両手で頭を抱えて屈みこんだ。

「うう、変なのが見える。人魚とか、クマのぬいぐるみとか……」

 グムグムと唸っていると、慌て、心配していた博士の動きが止まった。

 顎に手を当て、少々思案すると、今度はジッと金森の顔を見つめる。

「もしかして、それは……そうか、君はとっても力が弱いようだが、代わりにできることがすごく多いのだね。ふむ、ここに来ると一定の量、力をもらえるから、元が凄く弱いながらも色々できるようだけれど、普段それじゃ、器用貧乏どころか器用貧困だろうに」

 ボソボソとした話し声はまさしく独り言で、頭の中に流れる映像に目を白黒させていた金森にはその内容がよく聞こえず、「何か訳わかんない事言ってるみたいだけど、私のこと馬鹿にしてない?」と、文句を言う元気もない。

 しかし、赤崎の方は興味があるようで博士の言葉に耳を傾け、そこから何かをブツブツと呟いている。

 そこに、蠢く金森のことを心配した清川がソロソロと近づいてきた。

 まだ少しだけ目元が赤い。

「ねえ、響ちゃんは、大丈夫なの?」

 同じく怪訝な目つきで博士を睨む守護者が、労わるように金森の背中を撫でている。

 博士は頬を掻きながら、「多分ね」と呟いた。

「きっと彼女は泉の水を通して、この場所の記憶を見ているんだと思う。全て見終わったら落ち着くと思うから、今はそっとしておこうか。でも、床に転がしておくのもかわいそうだね。僕のベッドを貸してあげよう」

 博士は真っ黒い煙の集合体を金森に纏わせると、そのまま持ち上げ、ふわふわとその体を浮かせて運び、真っ黒いベッドの上に寝かせた。

 横を向いてうずくまる金森に、そっと毛布を掛けてやる。

 少しすると「スゥスゥ……ヴゥゥ……」という、呻き交じりの寝息が聞こえてきた。

 いろいろと疲れていたのだろう。

 元々、金森は寝つきが良いのだが、それにしても、この状況であっさり眠れてしまうとは、随分と太い肝を持っているようだ。

「そりゃあ、寝るのは効果的だろうけどさ、彼女は、随分と凄い人なんだね」

 博士も苦笑しているのだが、その肩を、キラキラと瞳を輝かせた赤崎がポンと叩いた。

「おい、金森響は無事なのか? もしかして、清川藍に同化した時と同じ状態にあるのか? そもそも、此処はどこだ? 力が増えるとはどういうことだ?」

 ワクワクと矢継ぎ早に疑問を投げかければ、一気に質問の押し寄せた博士がちょっと待ってくれ! と赤崎の方へ掌を向けた。

「わあ、待って、待って! 沢山の質問は嬉しいけれど、そんなに一遍には難しいよ。ええと、藍さん云々については、よく分からない。けれど、似たようなことがあったなら、そうだと思う。それと、ええと……取り敢えず、此処が何処か、からだよね。ちゃんと説明するから、君も席に着こうよ。お茶でも出すからさ」

 遠隔でスッと椅子を引くと、赤崎がそこに向けてダッと走り出した。

 スタントマンが格好良くフェンスを乗り越えるように、椅子の背もたれを鷲掴んで軽々とジャンプすると、薄いクッションのある座面にバフッと飛び乗った。

 同じように駆けたブラッドナイトも、ヒョイとジャンプして赤崎の肩に飛び乗る。

 二人がクルリと同時に振り返って、

「何をしているのだ? 早く来い!」

「ニャー」

 と、一緒に言葉を発した。

 呆れた守護者と清川が顔を見合わせた後、それぞれが席に着く。

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