どうしても猫を助けたい!
再び山の制作に取り掛かった時、不意に、ニャーンという猫の鳴き声が聞こえた。
顔を上げると、半透明の猫が赤崎の作った城の上に立って欠伸をしている。
ゆらゆらと揺れる尻尾が城壁にぶつかり、ボロッと崩れた。
「ん? 何だ? 敵襲か? 突如、我が城の城壁が壊れたぞ。金森響、石とか投げたか?」
赤崎が怪訝な目つきで金森の顔を覗き込む。
「なんで私なの。私は今、響山を建設中なんだから、そんなくだらないことしないわよ。というか、今、猫の尻尾が、赤崎城の城壁にぶつかったのが見えたけど? 赤崎、本当に分からない?」
瞬きをすれば消えてしまっていた猫が、今もなお、金森の瞳に映り込んでいる。
先日、幻想世界に行った時に見えた猫と同じ猫であり、定期的に赤崎の側にいた猫だ。
『やっぱり実在する、のよね?』
半信半疑ながらも猫を見つめると、猫は金森をチラリと見て欠伸した。
「ねえ、赤崎、ここに猫がいるの、本当の本当に見えないの? 守護者は? どう?」
真剣な問いかけに赤崎はジッと城の上を見つめたが、やがて首を振った。
「俺には見えないな。だが、金森響も、嘘をついているわけではないのだろう? 守護者の見え方といい、何か引っかかるな」
同じものが見えているはずなのに、二人の会話は時々噛み合わない。
そのことに二人ともずっと違和感があったが、大した問題は発生していなかったので放置していた。
「……もしかしたら、何かいるかもしれません。微弱ですが、マボロシになりかけている何者かの存在を感じます」
守護者もジッと城の上を見つめた後、ポツリと言葉を漏らした。
「だが、俺には一切見えないぞ。どういうことだ?」
赤崎が好奇心の混じった瞳で問いかけるが、ユルユルと首を振る守護者の反応は芳しくない。
「いえ、私にもあまり詳しいことは分からないのですが、以前、友人が言っていたのです。その人間の持つ力の強弱で、マボロシの見え方が異なるのだと。確か、友人は、その人間の力によって見える範囲に限界がある、と言っていたような……」
赤崎は興味深げに守護者の話に耳を傾けているが、金森は猫を見失わないように、城の上で寝そべるその姿を見つめ続けている。
あまり、しっかりと話を聞いているようには見えない。
「力が強い者は、同じ力を持つマボロシや、そこから一定の範囲の力のマボロシしか、見ることができないし、弱い人は同じくらい弱いマボロシから一定の範囲でしか見ることができない、と、言っていたような気がしますね」
守護者は触角で額を押さえ、友人の話を思い出しながら言葉を出した。
「力が強い者は同じように力が強いマボロシは見られるが、極端に力の弱いマボロシは見ることができない。その反対のことが力の弱い者にも言える、というわけか」
守護者の声にはあまり自信が無く、不安そうだったのだが、赤崎が改めて言葉をまとめ、確認の意も込めて問いかけると、守護者も頷き返した。
ファンタジー知識が増えるのが嬉しくて、赤崎はニヤけている。
「相性の良し悪しによっては、範囲を超えて見ることができるようですから、それが絶対とは言えないようですが。金森さんの力は、かなり弱いです。それでも、曲がりなりにも私のことが見えるということは、金森さんと私は、かなり相性がいいのかもしれませんね」
それを聞いて、ふと別の疑問がよぎった。
「そういえば、幻想世界では金森響も守護者の正しい姿が見えていたし、清川藍にもその姿を見ることができていたな。何故だ?」
疑問とワクワクの入り混じる様子で問うたのだが、守護者は、
「それは……分かりませんね。何故なのでしょうか? 件の友人なら、きっと分かると思うのですが」
と、首を振り、再び砂の城の上を見つめた。
「私たちは基本的に、自分の力の強弱関係なく、ほとんどの同族を見ることができます。ですが、相手の力が弱すぎると、なかなか気が付けません。この子に気が付くことができるということは、金森さんはよほど……」
「よほど、何よ、全く! でも、やっぱり、この子は存在するのね。少し前から赤崎に纏わりついているみたいだけれど、赤崎、猫にストーカーされる覚えとかある?」
内容を全て理解しきれないまでも、一応二人の話に耳を傾けていた金森は「猫が実在する」ということと、「自分の力はかなり弱い」ということを理解したようだ。
金森はポコポコと怒りつつも、薄目でこちらを見て、それから耳をパタパタと振る猫を見つめた。
赤崎は少し考えるそぶりを見せたものの、すぐに首を横に振った。
「そんな覚えはないな。猫は嫌いではないが、猫に縁のある生活を送っていない」
赤崎の自宅は賃貸なので、猫を飼うことはできない。
現在の家に住む前も、猫を飼育したことは無かった。
それに、餌付けなどをして贔屓にしている野良猫などもいなかった。
「別に、猫とも限りませんよ。彼らはアイデンティティを得て自己を確立するまでは酷く曖昧で、定期的に見た目が変わることもあり得るのですから。アイデンティティを得たくて、力の強い赤崎さんに近寄って来たのか、あるいは赤崎さんの側にいたい理由があるのか、よくは分かりませんが」
守護者の言葉に、赤崎は眉間に皺を寄せて唸った。
彼なりに心当たりを探っているようだ。
「まあ、この子はかなり不安定で、消える寸前のようですから、そんなに考えても仕方がありませんよ」
守護者はサラリと言うが、金森は驚いて目を丸くした。
「え!? この子、消えちゃうの? 今、ちゃんとココにいるのに。それに、守護者、なんかさっきから冷たくない?」
存在が消えるということは、要するに死ぬということだろう。
確かにこの猫は、金森が言及しなければ、気のせいだと思っている内に消えてしまうはずだった。
縁もゆかりもないだろう猫に、そこまでの熱量を込める必要はないのかもしれない。
けれどそれでも、目の前の存在の死を、考えても仕方がないと言い切ってしまう姿は冷たく感じられた。
いつもの優しい守護者らしからぬ態度に見え、金森は淡い不信感に眉根を寄せる。
赤崎も同じように思ったようで、怪訝な目で守護者を見ている。
守護者は少し考え込んだ後、そっと口を開いた。
「確かに、金森さんたちには、かなり冷たく感じられたかもしれません。これはきっと、貴方たち人間と、マボロシたちの感覚の違いなのだと思います。以前に話したと思いますが、私たちは初め、吹けば飛ぶような、酷く曖昧で不確かな存在です。それが強い感情や願いに触れるなどして、自己を確立するような何かを得られれば、その時にやっと、マボロシとして生まれることができるのです」
以前にも金森たちに話した事柄を、守護者はおさらいの意も込めてもう一度語った。
赤崎も金森も、神妙な面持ちで頷いている。
「友人曰く、マボロシになるための条件は、本当は、もっと厳しいそうです。そのため、一日に何体もマボロシ未満の『ナリカケ』は生まれるけれど、マボロシになれるのは、ほんの一握りなのだと、言っていました。こんな言い方、寂しいと思われるかもしれません。ですが、その猫のように消えてしまう子は珍しくはないのです。むしろ、情を込めすぎると、辛くなってしまいますよ」
そう言いつつも、ナリカケの猫に何か思うところがあるのか、あるいは友人とやらを思い出しているのか、守護者の声は落ち込んでいる。
そして、寂しそうなまま、守護者は微笑んだ。
「それに、ナリカケにあるのは、なんとなくの意志だけです。明確に、その存在として在るわけではないのです。消える、と言いますが、そもそも、生きているとも言い難いのですよ。友人も言っていました。ヘタに生まれてしまうよりも、そのまま消えた方がましなこともあるのだと。その、マボロシになってからも、生き残り続けることは難しいですから」
人の願いや感情から生まれたマボロシは、その願いなどの在り方によっては、彼らを作り出した人間と一種の契約関係を強制的に結ばされる。
例えば守護者は、幼い頃、家に空き巣が侵入して攻撃されかけた清川が助けを求めて「自分を守る存在」を欲した時、その願いに触れることで自己を得て、清川を守り続ける代わりに自分を認識し続けてもらう、という契約関係を結び、その存在を成立させることとなった。
このような契約そのものがマボロシのアイデンティティとなるのだが、マボロシの側がそれを破り続けたり、人間の側がマボロシのことを忘れてしまったりしたら、マボロシは自己を保てなくなり、消え去ってしまう。
そのため、守護者は契約を遂行しようと、ずっと清川を守り続けてきた。
守護者の場合は、何故か清川に忘れられ、その存在を認めてもらえなくても生き続けることができていたが、本来ならば、とっくに消えていてもおかしくはなかったのだ。
実際には、そうやって忘れられ、消えてしまう者が多いということなのだろう。
自分というものを得てから寂しく死ぬよりは、自己が曖昧な内に、生きているか死んでいるかも分からないままで消えてしまう方がよっぽどましだ、と守護者もその友人も言っているのだ。
「守護者たちが言っていること、全く分からなくはないよ。でも、やっぱり、その考えは寂しいよ」
今回はざっくりと話を理解できた金森が、ポツリと言葉を出した。
赤崎も真剣に頷いている。
それに対し、守護者は寂しさの混じった優しい笑みを浮かべた。
「それでも、仕方のないことはあるのですよ。マボロシやナリカケが消えてしまうことは、よくあることなのです。悲しい事ですが、それは、誰の責任でもありません。気にしすぎては身が持ちませんよ。ほら、金森さん、もう、その子を見るのは止めましょう」
その声は諭すようで、幼い子供に言い聞かせるようだ。
守護者自身がそうやって、消える可能性を抱いて生きてきたのだから、その言葉には確実な重みがある。
友人とやらは、何度も消えるマボロシを見続けたのかもしれない。
だからこそ、曖昧なままに消えてしまう方がいい、などという結論に至ったのだろうから。
けれど、それでも、金森はジッと猫を見た。
現れては消えてを繰り返していた猫が、今だけは決して消えずに金森を見つめている。
『消えたくない。そう言っているように、見えるの。私が見るのを止めちゃったら、この子、本当に消えちゃうかもしれないじゃない』
守護者の話す通りなら、きっと猫に確固たる自我は無くて、ただ曖昧に金森を見ているだけなのだろう。
だがそれでも、金森には猫が消える前の最後のチャンスにかけているように見えて、それを見捨てられずにいた。
守護者も、赤崎も、城の上をじっと見続ける金森に何も言わない。
「ねえ、二人とも。さっきから、何の話を、しているの?」
守護者を見ることも、その声を聞くこともできない清川は、二人が話している部分だけではその内容を理解することができず、その場から置いてきぼりにされていた。
それでも空気を読んで静かにしていたのだが、二人が静かになったタイミングで会話の内容を問うたのだった。
「ああ、置いてきぼりにして悪かったな。金森たちと、少々、猫の話をしていたのだ」
眉を下げ、酷く複雑そうな表情で言うと、清川が首を傾げた。
「猫?」
赤崎はマボロシとはどういうものであるのかの説明も交えて、現状、金森だけがはっきりと見ることができている猫について話した。
守護者は赤崎の言葉を遮るつもりはないものの、心配そうに清川を見ている。
消えゆく猫を思って、清川も悲しくなるだろうと予想していたからだ。
話を聞き終えた清川は、案の定、悲しそうな表情を浮かべている。
「猫、可哀そうだよ。どうにか、ならないのかな?」
胸の前で両手を組んで呟いた、独り言のような言葉に守護者は首を振った。
『藍、金森さん、赤崎さん。皆さんは、本当に優しいですね。ですが、どうにもならないことは、あるのですよ。誰のせいでも、ないのです。想い過ぎては、辛くなるだけですよ』
未だに猫を見つめ続ける金森に、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませる二人を見て、守護者は胸を締め付けられるような思いがした。
「何とかして、アイデンティティを、確立させてあげることは、できないのかな?」
「う、む、そうすれば猫はマボロシになれるのだろうが、その方法が分からんぞ」
ナリカケの猫をマボロシにすることが、唯一にして最善の打開策だろう。
しかし、問題はその方法がよく分からないということだった。
チラリと守護者を見るが、力なく首を振るばかりだ。
「守護者も、詳しくは知らないのか。だが、そうだな。猫が俺に纏わりついていたのならば、そこから、アイデンティティを、探してあげることはできないか?」
「猫が、怜君の側にいる理由を考えて、そこから、猫がどういう存在なのか、見つけるって事?」
考えながら言葉を絞り出す赤崎に、清川もゆっくりと言葉を出した、
不安そうな清川に、赤崎は一つ頷いて見せる。
「そうだ。上手くいくかは分からんが、取り敢えず、試してみるしかあるまい。だが、今のところ猫を見ることができているのは、金森響、ただ一人だな。おい、金森響。猫に集中したまま、俺たちと会話することはできるか?」
瞬きさえも最小限にして猫に集中し続ける金森に、赤崎は慎重に話しかけた。
「ん? まあ、大丈夫よ」
うっかり猫を見逃してしまわないよう細心の注意を払っていたことは事実だが、別に金森は会話ができないわけではない。
それでも会話に混ざらなかったのは、回転の鈍い頭では解決策を見つけることができるようには思えず、それならいっそ解決策は二人に任せて、猫だけに集中しようと思っていたからだ。
自分の株が下がるだけだから言わないが。
金森の返事を聞いて、赤崎がホッと笑う。
「よかった。それなら、金森響が見た範囲で、猫がどのような行動をとっていたのか、教えてくれ。俺に纏わりついていたというが、その時の様子などに特別なところは無かったか?」
「え? ええと、どうだったかな……」
言いながら、金森は目の前の猫に思いを馳せる。
『最近は、赤崎の肩にのっているところを見たわね。でも、すぐ消えちゃったし。今日、赤崎の足元にいたときもそう。ただ側にいるだけ、としか……あ! でも、あの時は少し違ったかも』
思い出すのは、金森が初めて猫を見つけた時のことだ。
金森たちが幻想世界に行った時、はぐれてしまった清川を探すために暴風が吹き荒れ、食器や家具がビュンビュンと飛び交うリビングに足を踏み入れたことがあった。
その時、赤崎めがけて飛んでくるティッシュ箱を叩き落としたのは、目の前にいる半透明の猫だった。
そのことを赤崎たちに伝えると、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
「そうだったのか。気が付けなかったが、猫は、俺を守ってくれていたのだな!」
素直に感謝すると同時に、猫を救いたいという願いは増す。
「素敵だね。猫さんは、守護者さんみたいな、存在、なのかな?」
清川がニコニコと胸の前で手を組んで微笑む。
それに対して、金森は心の中で首を傾げた。
守護者と猫を同等に扱うには、違和感がある。
「守るっていうには、頼りないかも。何せ、そんなに大きくない猫ちゃんだし」
そう言うと、猫はその発言に抗議するかのように甲高く鳴き、怒ったように金森を睨んだ。
『怒らせちゃった。でも、赤崎を守ったこの子には、大して余裕があるようには見えなかった。体だって小さくて、正直弱そうだし。でも、それでも赤崎を守って、戦おうとする姿は』
そこまで考えて、金森の中には一つの単語が浮かんだ。
「相棒、なのかも」
これが一番、しっくりくる答えのように思えた。
それに、さっきまで金森を睨んでいた猫が、今度は目元を和らげ嬉しそうな鳴き声を上げている。
金森の言葉を聞いた赤崎も嬉しそうに破顔して、ドヤッと両腰に手を当てた。
ガンガンとテンションが上がっていくのが、傍目から見ていても分かる。
「そうか、そうか! この俺にも、とうとう金森響以外の相棒が! しかも、猫だから使い魔っぽいぞ! 素晴らしいな、金森響!」
ワクワクと大きな声を出し、思い切りはしゃいでいる。
いつでも通常運転な赤崎に少し呆れながらも笑った。
「私は相棒じゃないけど。まあ、よかったんじゃない? 猫も、なんか嬉しそうだし。というか、ナイトって使い魔とかいるものなの?」
金森はあまりアニメ等に詳しくはないが、それでも使い魔がいるのは魔女や悪魔のイメージだ。
「いるぞ。俺は闇に選ばれているからな。普通のナイトにはいないが、俺にはいる。ロメルドにもいるしな」
「ロメルド?」
金森が疑問符付きで言うと、赤崎は一層瞳を輝かせた。
「お? ロメルドが気になるか? ロメルドは」
「あ、長くなるならいいわ。それより守護者、この猫はマボロシに成れた?」
自分から話を振ったはずの金森はバッサリと赤崎を切り捨てると、城の上の猫を指差して、守護者に確認をとった。
『幸い、消えてはいない。でも、相変わらず半透明で、マボロシに成れたようには見えないのよ』
金森の嫌な予感は的中したようで、守護者は無言のまま首を横に振った。
「そうか、駄目か。いったい何が足りないのだろうな?」
赤崎が残念そうに呟く。
何とか頭を切り替えようと、わざとらしく顎に手を当てて唸った。
「もしかしたら、想い、じゃないかな?」
静かに思考していた清川が、ポツリと言葉を出す。
「想い?」
反射的に金森が聞き返すと、清川はおずおずと頷いた。
「うん。守護者さんが、言っていたんだよね? ナリカケは、人の感情や、願いに触れて、マボロシになるんだ、って。猫が、何者なのかは、少し見えたけど、もしかしたら、相棒が欲しいって願いが、足りないのかも」
守護者をつくり出した時、清川は命が危険に晒されていた。
その時の救いを求める想いは、相当強かったに違いない。
「どれくらい強くないと、いけないのか、それは、私にも分からない。でも、きっと、いっぱい、祈らないといけないのかも」
眉根を寄せ、不安な瞳は酷く自信が無さげだが、反対に赤崎は自信満々に頷いた。
「なるほど、一理あるな。よし、俺は祈るぞ! 金森響、清川藍、守護者! 俺の相棒をみすみす死なせてなるものか」
そう宣言すると、バシィッと勢いよく両手を組む。
そして組んだ両手を楽器のようにシャカシャカと高速で振りながら、額のところまで持っていく。
「我が相棒は存在する。死なせない。俺は相棒が欲しい。どうか彼を死なせないでください」
跪き、ブツブツと城に向かって祈る様は動じようもなく不審で、衣服も相まって頭のおかしい人にしか見えない。
怪しい宗教に嵌ってしまったようにも見えるその様子に、事情を知っているはずの二人ですら、思わず後退った。
そしてそのまま、金森はもう一度猫に意識を集中させる。
猫は相変わらず半透明で、マボロシに成れていないようだ。
『怖っ……でも、赤崎も必死なのね。そうよね、相棒の命がかかっているんだもの、必死にもなるよね。私も、できたら猫に生きていてほしい』
ひきつる頬を押さえて、清川にも祈りを促す。
「藍、私達も祈りましょうか。三人分の想いを込めたら、何とかなるかもしれない」
「う、うん。赤崎君みたいにやればいいのかな?」
清川もかなり引き気味であり、チラチラと赤崎を確認しては困っている。
「いや、シャカシャカは必要ないわ」
頷き合うと、金森と清川は両手を組んで胸の前に置き、赤崎の真似をして祈り始めた。
赤崎が感動したように二人の方を見たが、二人とも羞恥を抱えて赤くなり、無視をする。
金森に至っては、こっちを見るな! と内心でキレて舌打ちをした。
「怜君の猫、怜君をティッシュから助けて、怜君の隣に、ずっといた貴方は、怜君の相棒だよ。どうか、どうか、生きてください」
清川が祈りを込めた小さな声でハッキリと言った途端、半透明だった猫が淡く輝き始めた。
ふわりふわりと赤や黒に発光し、その光が煙のようにモヤモヤと小さな体に纏わりついて包み込む。
やがて、霧が晴れるように光が散って、中からハッキリとした形を持つ猫が姿を現した。
猫は両足でしっかりと砂を踏みしめていて、城を崩壊させている。
「やった! 猫がマボロシに成った! ん? 猫? 猫、かな?」
もろ手を上げて喜びつつも、その姿には少々、疑問を持ってしまった。
しかし、赤崎の方は猫の姿をはっきり見てもなお、万歳をして喜んでいる。
「おお! 流石、我が相棒、なんと凛々しい姿なのだ。禍々しい色合いに、トラのようにも見える姿、蝙蝠のような羽! お前こそ、我が相棒に相応しいぞ!」
赤崎が言葉にした通り、その猫はかなり見た目が変わっていた。
基本は大きな日本猫であり、顔つきは丸っぽく、体はずんぐりとしていて手足が太い。
尻尾も太く、その体形はトラにも似ている。
先程までの、半透明で頼りない、小さな姿からは想像もつかないような、逞しい体つきをしていた。
加えて、柄はトラ模様なのだが、その色合いが普通ではなかった。
基本の毛の色が鮮血のような赤であり、その上を黒い縞模様や点の模様が彩っている。
キジトラ猫の、茶色っぽい毛の色が赤色に入れ替わったような見た目だ。
しっかりと地面を踏みしめる手足からは、ギラリと鋭い爪が並んでいる。
また、赤崎に褒められて機嫌よく鳴いたその口元には、骨まで砕くような、鋭く頑丈な牙が並んでいた。
金色の瞳は愛らしくも鋭く、凛々しい。
また、背中の中央付近から大きく黒い蝙蝠のような羽が生えていて、それがちょこんと座った尻を覆っている。
赤崎が大はしゃぎで猫を撫でまわす隣で、金森はこれを猫と呼んでいいものかと首を傾げていた。
『可愛いは可愛いけど、ちょっと怖いかも。というか、この子は猫なの? いや、まあ、猫っていうか、マボロシなんだろうけど』
金森と目が合うと、猫は、ニャーンと可愛らしく鳴いた。
「おお、金森響。我が相棒、ブラッドナイトがお前に礼を言っているぞ」
赤崎が上機嫌に猫を抱き上げながら笑っている。
金森もホッと安心して、赤崎の腕の中にいる猫を見た。
「ふふ、あなたが無事にマボロシに成れてよかったよ。というか、ブラッドナイト? え? それがこの子の名前なの? なんというか、あなた、それでいいの?」
ブラッドナイトは少々ダサすぎる。
金森が心配そうな視線を向けて、モフモフの頭を撫でると、ブラッドナイトは目を細めて手のひらに頭を擦りつけ、甲高く鳴いた。
その愛らしさに、金森は思わず目を細めた。
「えっと、成功、したんだよね?」
清川が控えめに二人に問いかけた。
「あ、藍。ごめんね、こういう時、置き去りにしがちになっちゃって。そうだよ、あの子はちゃんと、マボロシに成れたみたい。猫とは、ちょっと違う見た目をしているけれど」
金森が両手を合わせて詫びると、清川は緩く首を振った。
「ううん。それは、仕方ないと思うから、いいよ。でも、今みたいに、後から説明してね。えっと、ブラッドナイトさん? は、どんな見た目をしているの?」
安心しつつもブラッドナイトの詳細に興味津々のようで、清川はワクワクと金森の言葉を待った。
「ブラッドナイトはだな……」
「赤い毛並みに黒いトラ模様がついていて、蝙蝠みたいな羽が生えてるよ。体つきはしっかりしてるし、牙や爪が鋭いから、ちょっとトラっぽい」
ブラッドナイトの見た目を熱く語ろうとする赤崎を制して簡潔に言うと、清川は目を丸くして驚いた。
「そんな、見た目なんだ。見てみたいな。ええと、よろしくね、ブラッドナイトさん」
空気を抱くように見える赤崎の両腕に、丁寧に挨拶をすると、ブラッドナイトも甲高く鳴いて挨拶を返した。
見た目とは裏腹に、随分と人懐っこいようだ。
少し前の緊迫した重たい雰囲気とは正反対の、穏やかで平和な雰囲気が流れる。
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