水着をお披露目!

 食事が終わってすっかり三人の腹が膨れると、一度、調理器具の片付けと水着への着替えを行うために分かれることとなった。

 金森はテキパキと調理器具を洗い、備え付け物に関しては施設の所定の場所に戻して、自分たちの物は回収した。

 未だに帰ってこない友子と友美の持って来た調理器具は、分かりやすいようにまとめて置いて、メモ書きを残していく。

 清川と守護者は、素早く片づけを終わらせる金森を尊敬の目で見た。

「凄いですね、金森さん。私が見てきた中で、一番素早く、的確な片付けです」

 守護者が拍手を送ると、金森は得意げに笑った。

「まあね。私たち女子は着替えの時間が長めだから、さっさと片づけたのよ。よし、そしたら、パッと着替えちゃいましょうか」

 リュックサックの中から、水着類をまとめたビニール製のバッグを取り出す。

 青い横縞模様の上に浮き輪や錨、謎の英単語が描かれていて、夏らしく、大人っぽいデザインだ。

「うん! 海、楽しみだなあ」

 清川もデフォルメ化された海の動物が描かれた、可愛らしいバッグを取り出した。

 二人はワクワクと更衣室に向かい、それぞれ水着に着替える。

 着替えが終わると、待ち合わせ場所に指定した木陰の椅子に、二人は腰を下ろしていた。

 金森は先日買った水着の上にパーカーを羽織り、前面についたチャックを解放している。

 濃いオレンジのビキニが金森の真っ白い肌に映えており、元気で明るい金森の雰囲気によく似合っている。

 手首に巻かれたブレスレットとサンダルの装飾が、強い太陽の光でキラキラと煌めいて、やけに眩しい。

「響ちゃん、大胆……」

 堂々と開け放たれたパーカーを見て、羞恥心を刺激された清川が、ほんのりと頬を染めた。

「そう? こんなもんでしょ。ふふ、藍も似合ってる。かわいいよ。でも、もうちょっと、堂々としてもいいのよ?」

 金森とは正反対に、清川は先日買った水着の上にキッチリとパーカーを着込んでいる。

 パーカーは膝近くまで長さがあるので、短めのワンピースを着ているようにも見えた。

 また、サンダルは装飾の類が付いていない代わりにしっかりとした作りをしていて、非常に安定感がある。

 清川にしては随分と露出がある方だが、水着という視点で言えば露出はかなり少ない部類に入るだろう。

 それを指摘された清川が、照れ笑いを浮かべた。

「えっと、やっぱり、お肌を見せるのは、ちょっぴり恥ずかしくて」

 藍はモジモジと胸の前で腕を組んだ。

 セミロングを一つに括って、出来上がった尻尾のような髪をピコピコと揺らしている。

 どことなく小動物っぽい清川の様子を見て、金森が快活に笑った。

「ま、藍は胸が大きいし、変な虫がつくよりはいいか」

 清川は猫背ぎみであるし、今もパーカーの前をキッチリと閉めているので分かりにくいが、実は胸が大きかった。

 着替えている時、金森は、いいなあ、巨乳だなあ、とひっそり羨ましがっていた。

 ちなみに金森は、貧乳というほど胸は小さくないが、さほど大きくもない。

 ごく普通のサイズだった。

「ひ、響ちゃん!?」

「金森さん、デリカシーがないですよ!」

 清川は顔を真っ赤にして金森を睨み、守護者はモフッと金森の頭を撫でるようにして触角で叩いた。

「え? 私、何かマズイこと言った? ごめん、ごめん、許して~」

 口元で両手を合わせて謝るが、清川は赤い顔のままで、ツンとそっぽを向いた。

 プクッと頬を膨らませて、むくれている。

「私、ちょっと、怒ったからね」

「えー? ごめんって」

 ガサツな金森には、清川の身体的特徴を指摘されて照れてしまう、繊細な乙女心など理解できるはずもない。

 なかなか機嫌を直さない清川に焦っていると、少し離れたところから赤崎が現れた。

「珍しいな。何を争っているんだ? 金森響と清川藍は。まあ、どうせ金森響が何かをしたのだろうが」

 呆れた様子で金森に疑いの目を向ける。

「何よ、信用無いわね。まあ、その通りだけど。というかあかざ……赤崎!?」

 赤崎は黒が基調の、ズボンタイプの水着に真っ赤なパーカーを着ているのだが、そのデザインが異様だった。

 まず、水着には金色の竜が描かれているのだが、その竜は赤崎の太ももに巻き付くようにデザインされており、その身はギラギラとしたスパンコールで覆われている。

 裾は激しく損傷してほつれており、そこから水着が崩壊してしまわないか心配になる。

 また、鮮血を浴びたように真っ赤なパーカーはノースリーブで、前から見れば色彩がうるさくダサいだけだが、背中には真っ黒いスパンコールのドラゴンが堂々と居座っており、こちらを睨んでいる。

 鼻緒の上をデカデカとした赤のビーズが主張していることに目を瞑れば、黒のビーチサンダルだけはまともだといえるかもしれない。

 黙っていても騒音のようにうるさく、ギラギラとした太陽のように、他人様の目玉を激しく攻撃する人間も珍しいだろう。

「相っ変わらず不審者ね、赤崎。どこから突っ込んだらいいのか、分からないもの」

 視界と思考を同時に混乱させられた金森は、もはや何かを言うことを諦めて、力なく首を振った。

 とりあえず、このまま砂浜に行けば真夏の視線を独り占めすることだけは確かだろう。

「不審者? 何を言っているんだ、俺はファッションリーダーだぞ。よく見てみろ、カッコいいだろう。この竜とか、作るのに苦労したんだ」

 やはり、この水着も赤崎が自作したらしい。

 得意げに笑う赤崎に、金森は額を押さえて鈍い痛みを堪えた。

「私達、コイツを引き連れて、一般客もいる砂浜を闊歩するわけ? 藍、赤崎は置いていきましょ」

 カレーの時とは違ってその声は低く、かなり本気のトーンだった。

「え? でも、四人で遊ぶって決めたし。それに、響ちゃん、私、怜君が変な……凄い格好で来るって、なんとなく、予想してたよ?」

 フォローしきれない赤崎の姿を何とかオブラートに包み込んだ表現で誤魔化して、清川が苦笑いを浮かべた。

 その優しい表現を誉め言葉として受け取った赤崎は、満足げに顎に手を当てている。

「ふむ。清川藍は、俺の凄さがよく分かっているな。それに比べて我が相棒は……俺が、金森響たちの分まで海辺の視線を独り占めするからといって、嫉妬するんじゃない」

 癇癪を起した子供を宥めるような、余裕のある態度と言葉で金森を諭す。

 イラっとした金森は、赤崎のパーカーから出た紐をグイグイと引っ張った。

「嫉妬してないわ。アンタのせいで、奇異の視線を独り占めするから嫌だって言ってんの。大人しく学校指定の水着でも着ときなさいよ」

 ラメでギラギラつく紐はスルスルと動いて、強く引けば布のトンネルを抜け出してしまいそうだ。

「コラ! 止めろ。紐が全部出てしまうだろうが。結構デリケートなのだぞ、全く。大体、金森響や清川藍だって、自分の水着を持ってきているだろう。いいじゃないか、俺だってカッコイイ服装をしても。ん? 二人はパーカーがお揃いなのか?」

 二人のパーカーを見比べた赤崎は、それが色違いの同じデザインの物であることに気が付いた。

 赤崎の言葉に、清川が嬉しそうに微笑む。

「うん。気が付いた? 響ちゃんと、お揃いで買ったんだ」

 笑った勢いのままに金森の腕を引いてVサインを作れば、金森も赤崎のパーカーから手を放して両手でVサインを作り、ドヤッと笑った。

 まるで、仲の良い姉妹のようだ。

「いいな。良く似合っている」

 二人につられて、赤崎も頷きながら笑った。

「そういえば、赤崎、アンタ日焼け止め塗ったの? 男子だからって適当にしていると、最悪、肌がバリバリになったりして痛い目に遭うよ」

 ポーチから取り出した日焼け止めを振りながら問うと、赤崎は得意げに胸を張った。

「その辺りはきちんとしているから大丈夫だ。それに、そもそも俺は露出が少ない」

 そう言う通り、赤崎は腕と足のほとんど全てを包帯でグルグルと覆っており、パーカーのチャックもキッチリと閉めている。

 この場で最も露出があるのは金森だが、その金森だってパーカーを羽織っているから然程ではない。

「包帯はいつも通りとして、アンタもパーカーをしっかり着込んでいるのね。なんで?」

 海では多少なりとも露出するものだ、と思っている金森だ。

 それに加えて、そのような格好では熱くはないのだろうか? と、いくつも疑問が生じる。

「な、何故って、お肌を晒すのは少々抵抗が……」

 パーカーの胸元を握ってほんの少し目元を染める赤崎の姿は、先程、肌を露出させるのが恥ずかしいと照れ笑いを浮かべた清川と、重ならないこともない。

 しかし、金森の視線は、清川に向けたものと比べて厳しい。

『藍は可愛かったけど、コイツは……駄目ね。少なくとも、可愛くはない』

 「何恥ずかしがってんだ、コイツ」という、呆れが混ざった視線を赤崎に向ける。

「発言者が誰かって、結構大事ね。内容より大事かもしれない」

 ヤレヤレと首を振る金森を、赤崎が照れたように見ている。

 その赤面や態度は、金森のビキニ姿に照れた清川と少し似ていた。

 三人の内で比較的露出が多い金森を見て、赤崎も恥ずかしくなったのだろう。

「何よ、私のなんて、水着としちゃ全然普通の範囲だからね。全く、似合ってるでしょうが」

 堂々と仁王立ちをして腰に両手を当てれば、シャイな赤崎は余計に照れてしまったようで、視線を背けた。

「ま、まあ、似合ってはいるな。お前も、清川藍も。おい、俺も似合っているだろう?」

 どうしても似合っていると言わせたいらしい。

 少しだけ赤い頬を掻いて、照れ笑いを浮かべた。

「……ある意味、赤崎らしいんじゃない? さ、行くわよ」

 酷く疲れた顔をして先頭を歩く金森を、無駄に張り合う赤崎が追い越して元気に砂浜へ向かう。

 ふと、赤崎の足元を一匹の半透明な猫が、優雅に歩いているのが見えた。

『やっぱり、何かいる?』

 よく見ようと、金森が瞼を擦ってから赤崎の足元を凝視したが、猫は跡形もなく消えてしまっていた。

『消えちゃった。何なんだろう。少し前からよく見るのよね。まあ、考えても分からないことだから、気にするだけ無駄なのかもしれないけれど』

 金森はそう思い直すと、一度、猫のことを考えるのは止めにした。

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