気になるあの子は、やっぱり孤立

 一組でも多くの生徒はまだ調理をしていて、ワイワイと賑やかだ。

 赤崎は金森の想像するように、班で孤立しながら黙々と調理をしていたのだが、その姿が想像していた以上に酷く、

「うわ! 思ったよりも酷い!」

 と、つい声をあげてしまった。

 どうにも赤崎、いつもの調子で調理をしていたら、クラスや班の誰にも相手にしてもらえなかったらしい。

 若干涙目になり、自棄になって鍋をグルグルとかき混ぜている。

 何か呪文のようなものを囁きながら作っているようで、正直、かなり近寄りがたい。

 また、生のジャガイモとニンジン、タマネギがコンロから少し離れたところで円形に並び、鍋を取り囲んでいて、まるで生贄のようだ。

 料理というよりも、怪しい儀式でしかない。

「怜君、大丈夫かな?」

 脳か精神のことを問うているのだろう。

 金森はそっと首を振った。

「駄目なんじゃない? アホが伝染する前に帰ろうか」

 クルリとUターンして、一刻も早く一組のエリアから立ち去ろうとすると、

「あ、コラ! おい! 帰るな、金森響!」

 と、赤崎が金森の背中を指差して大声を出した。

 赤崎の奇行に慣れてしまって極力関わり合いを持つまい、と彼の姿を見ようとすらしていなかった一組の生徒全員が、一斉に金森の方を見る。

「私を指差すんじゃない! 全く、アンタってやつは何をやっているの」

 数十個の好奇の視線に晒された金森が、舌打ち交じりに言って、赤崎を睨みつけた。

 しかし、赤崎は友人の来訪によって一気に調子を取り戻したらしく、鍋にお玉を引っ掛け、堂々と腰に手を当てた。

「ふん、見て分からないか? 俺の炎で、水や野菜をカレーに錬金しているのだ。俺は稀代の錬金術師だからな!」

 涙の残る目じりをピッと親指で拭って、ドヤッと嬉しそうに言い放つ。

 それを金森は鼻で嗤った。

「錬金って、調理でしょ。赤崎、絵面が黒魔術を使ってる魔女みたいだったよ」

「魔女? 何を言っているんだ、俺は男だぞ? 全く、アホな奴だな、我が相棒は。だが、黒魔術、というのはいい目の付け所だと思うぞ。何せ、俺は闇に選ばれているからな」

 フンと胸を張る後ろでは、カレーがボコボコと沸騰している。

 そろそろ火を止めなければ鍋が焦げ付くだろう。

 守護者がこっそり、コンロのスイッチを切った。

「ナイトって、黒魔術、するの?」

 清川が不思議そうに首を傾げると、赤崎がニヤッと嬉しそうな表情を浮かべる

「普通のナイトは、黒魔術は行わないかもしれんがな。俺は闇に選ばれているから、黒魔術を行うし、相棒もいるし、使い魔もいるのだ」

 闇を免罪符に、わりと何でもありのようだ。

 そもそもナイトとは何なのか、概念から問いたくなってしまう。

 何故かいつもよりも子供っぽい赤崎を無視して、金森は彼の作ったカレーを覗き込んだ。

 鍋の中で温かな湯気を立てるカレーは、ふわりと食欲を刺激するよい香りがする。

 野菜も丁寧に食べやすい大きさで切られており、作り手のマメな性格を反映していた。

「あんな作られ方したのに、案外美味しそう。赤崎、まさか、一人でこれを作ったの?」

 クラスメートから遠巻きにされて、独りぼっちで鍋をかき混ぜていた赤崎だ。

 班員と協力し、料理をしている姿がどうにも想像し難かった。

 そこで、確認の意も込めて問いかけると、赤崎は首を横に振った。

「いや、高田は鍋に水を入れ、細川は野菜を洗い、佐々木は、何か、やっていた気が……調理器具をいくつか洗っていた、ような? それ以外は、俺によって錬金された」

 指を折りながら、班員の手伝いを一つ一つ思い出していく。

 どうやら、実質的な料理は全て赤崎が行ったらしい。

 確かに、料理に慣れているならば一人で作った方が早いし楽だと感じることもある。

 生徒によっては、その考えの下に一人でほとんどの作業をしてしまう者もいる。

 だが、赤崎の場合はきっと、他の班員に押し付けられてしまったのだろう。

 何でもないように話しているのだが、その姿にむしろ何とも言えない切なさを感じる。

 金森は赤崎の肩にポンと手を置くと、緩やかに首を振った。

「それ、一人で作ったっていうんだよ。小学生のお手伝いじゃないんだから」

「そうか? まあ、それはどうでもいいが、金森響たちは何をしにここまで来たのだ? 大いなる海で遊ぶのは、昼食をとってからだろう?」

 金森たちが自分の元へ訪れた意図を、本気で理解できていないようだ。

 顎に手を当て、不思議そうな表情を浮かべている。

「そうだけど、別に、一緒に食べてもよくない? 他の人と食べる予定があるならいいけど、その孤立した様子じゃ、多分、そんな人いないでしょ」

 少々上から目線でニヤニヤと揶揄う。

 すると、赤崎が分かりやすく苛立って、

「む! なんだ、その上から目線は。俺は孤立しているのでは無く、孤高なのだ。仲間以外寄せ付けていないだけだ! だが、一緒に昼食をとる、という提案は受けてやろう。俺たちは仲間だからな!」

 と、若干の上から目線を返しながら、ドヤッと笑う。

 普段、皆で昼食をとる時は赤崎が金森たちのもとへ訪れていたため、食事の誘いが、金森の想像する以上に嬉しかったのだ。

 しかし、金森はその様子をハンッと鼻で嗤うと、

「あ、私は仲間じゃないから、やっぱいいや。藍、あっちの木陰で一緒に食べましょ」

 と、クルリと振り返って、大木の下にある涼しそうな木陰と四人掛けのベンチを指差した。

 清川はわざと冷たい態度を作って揶揄う金森と、両手を腰に当てたまま、本当に少し落ち込んでいる赤崎の間に挟まれて慌てだした。

「響ちゃん、意地悪しないで、一緒に食べよう」

 不安そうな表情を浮かべた清川が金森の手を引き、

「そうですよ。赤崎さんが、落ち込んでいらっしゃいますよ」

 と、守護者も金森の腕に触角を巻き付けて、モフモフと引っ張る。

「えー? じゃあ、私と藍がご飯食べてるところに、赤崎も混ぜてあげるよ、それでいいでしょ」

 自分から揶揄い始めたくせに、面倒くさくなったらしい。

 投げやりな態度で言うと、少々沈んでいた赤崎が今度はポコポコと怒り出した。

「全くお前は! 常に偉そうだな。ふん、俺が混ぜてもらうのではない。俺がお前を食事の場に混ぜてやるのだ。感謝しろ」

 売り言葉に買い言葉。

 しょうもない揚げ足を取り合い続ける二人に、守護者は苦笑いを浮かべた。

 オロオロと困っている清川の制服の袖を引いてカレー鍋の前に立たせ、ポルターガイストとは騒がれない程度に皿を揺らす。

「藍、結局みんなで食べることになるのでしょうから、先にカレーをよそってあげましょう」

 守護者の声は届かないが、なんとなく言いたいことは伝わったらしい。

 清川が丁寧にカレーをよそうと、それに気が付いた赤崎が、バツが悪そうに頭を掻く。

「ああ、すまないな、清川藍。俺たちがくだらん言い争いをしている間に、俺の分を用意させてしまった」

 赤崎の反応で気が付いた金森も、申し訳なさそうに眉を下げる。

「あー、本当だ。ごめんね、藍。赤崎なんかと不毛な争いをして」

 ペコペコと謝って来る二人の仕草は異なるが、声の調子や表情が重なって見え、清川は小さな笑いが込み上げた。

「ふふ、やっぱり、二人は仲良しだね。大丈夫だよ。でも、そろそろ本当に、ご飯にしよう。カレーが冷めちゃう。それに私、お腹が空いちゃった」

 お腹を押さえて恥ずかしそうに笑うのだが、清川の言葉に合わせて鳴ったのは金森のお腹だった。

「あらら、私のお腹も早く食べ物をよこせって、うるさいわ。ほら赤崎、さっさとそこに、ご飯ぶち込んでもらって来なさい。私たちはそこで待っているから。あと、藍、私たちは仲良しじゃないからね。別にいいけど」

 先程も指差した木陰にあるベンチを指定すると、赤崎は、

「ぶち込むって、お前、意外と口が悪いな」

 と、呆れ笑いを浮かべながら米を取りに行った。

 ベンチに座る金森は、カレーを食べずに赤崎の文句を吐いている。

 そこに赤崎が帰ってきて騒ぎ出すのを、清川は楽しそうに聞いて、守護者は苦笑いを浮かべた。

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