楽しい調理実習で清川の一撃
金森たちが利用するのは、普段はキャンプ場として一般に開放されている施設の一角で、野外に簡素な調理場がいくつも設置されている場所だ。
水晶高校の生徒達が使う部分だけを貸し切りにしているので、金森たちの周辺には同級生達しかいないが、少し遠くへ行けば、キャンプを楽しむ親子連れなどの一般客が大勢いる。
「皆さん、ここのキャンプ場には一般のお客さんもいるのですから、羽目を外し過ぎないようにしてくださいね。痛ましい事ですが、毎年、行方不明者も死傷者も出ています。海というものは危険なものですから、実習が済んで食事を終えたら、先生に報告してから海に行ってください。あまり遠くにも行かないように。また、午後六時には駐車場に集合してもらいます。時間を忘れて遊ぶなどということにならぬよう、気を付けてくださいね」
佐藤が長い注意事項を言い終えたのを皮切りに、それぞれの班が割り当てられた調理台へと向かった。
金森たちの班は、金森、清川、
「さ、我々の班で唯一まともな料理ができる金森さん、あなたの腕前を見せていただきましょうか!」
遠足にテンションの上がった友子が、カレー粉の箱をマイク代わりに司会者の真似事をしている。
それに乗った金森が、ドヤッと自信満々に胸を張った。
「あったりまえよ。ほら、その箱をお貸しなさい。フムフム、まずは水の用意ね。鍋に適当に入れちゃうわ」
水道の蛇口を捻って、鍋に直接、ザアザアと水を入れていく。
「おおっと!? ちゃんと計らなくて大丈夫なのでしょうか!」
その適当さに若干の焦りを見せるが、金森はグッと親指を立てて、自信ありげに笑顔を見せた。
「大丈夫よ。カレーはもう何度も作ったもの。それに、水は心持ち少なめに入れているわ。野菜からも水は出るし、カレー粉が強すぎる分には、後から足せばどうにかなるからね、完璧よ!」
「さすが金森シェフ! 発想がベテランマザーです!」
ドカッと鍋を簡易コンロに置くと、友子が雑な拍手を送った。
「清川さ~ん。響たちのことは放っておいて、私たちは、お野菜でも切ろうかぁ」
テンションの高い二人に置いてきぼりにされた友美が、ジャガイモとニンジンを手に清川へ話しかけた。
「えっ? う、うん。そうだね。でも、勝手に始めて、大丈夫?」
清川は、あまり親しくない友美に話しかけられて、緊張で声が高くなった。
友美は、初めて火を使うかのような緊張と興奮をもって、コンロのスイッチを捻る二人に呆れている。
「大丈夫だと思うよぅ。あの人たち、箱の裏を見て作るんでしょ? それなら、私達も、箱の裏を見ながら、作ればいいんだと思うよ~。ところで清川さん、包丁使える~?」
清川は、少し考えてから緩く首を振った。
「えっと、輪切りにしたり、一口大に切ったりするのは、前に、授業でやったから、できるよ。でも、野菜の皮むきを包丁でするのは、私には、ちょっと難しいかも」
清川は基本的に、スーパーの総菜など、出来合いの品を購入して食事としている。
この間金森と握ったおにぎりと、授業で行う調理実習くらいでしか、料理の経験がない。
また、ピーラーなどの調理器具が発達した現代で、包丁で野菜の皮をむくというスキルを持っている高校生は少なかった。
「そうだよねぇ、今回はピーラーとか無いみたいだし。私も、あんまり自信ないな~。多分、友子も似たような感じだし。しょうがないなぁ」
ため息を吐くと、不安げな清川の視線を受けながら、金森の方へスタスタと歩いて行く。
「はい、響シェフ。ジャガイモとニンジンの皮剥いて~」
両腕に抱えられた、数個のジャガイモやニンジンをチラリと見た金森は、
「お、友美も来たわね。いいわよ。私の包丁さばきにかかれば、三秒で丸裸だわ」
と、三本立てた指を、友美に向けて突きつけた。
「三分とか、もっと時間かかってもいいから、ちゃんと気を付けて包丁使ってね~。指が飛んだら、シャレにならないよぉ」
浮かれた様子に危機感を感じた友美が、おっとりと釘を刺すが、あまり効果は無いようだ。
「ふふ、大丈夫よ。私は、料理の神を超越するシェフだからね」
「フー! 金森シェフ格好いい!」
ジャガイモを受け取ると、金森はパチリとウィンクした。
友子は両手を突き上げてその場で跳び、歓声を上げている。
「神~? 貴方たちの中で、シェフってどうなっているの?」
テンションが上がりきって大変なことになってしまった金森と友子に、友美は呆れながら頭を押さえた。
「全く、面倒くさいなぁ。二人とも、ちょっと落ち着いてよ~」
二人を元のテンションに戻す事の大変さを知っている友美は、溜息を吐いて肩を落とす。
すると、三人の様子を静かに眺めていた清川が、神という言葉に肩を揺らして笑い始めた。
「ふふ、アハハハ! ひ、響ちゃん、怜君みたい! ふふふ、アハハハハ」
「赤崎!?」
ショックを受けた顔で固まる金森を無視して、清川は楽しそうに笑い続けた。
目じりには泣き笑いの涙が浮かんでいて、両手で大きく開いた口を押さえている。
体はクの字に曲がり、必死に笑いを堪えようとするも堪えきれないようだった。
その隣ではジャガイモを地面に落とした金森が、両膝と手のひらを地面につけ、落ち込んでいる。
「あ、赤崎、私、赤崎と同じなの……?」
その表情は愕然としており、背中には負のオーラが漂っていた。
それを、一気にテンションが通常以下まで引き戻された友子が、怖々と見つめている。
自分にまで無邪気な攻撃が飛んでこないよう、二人から距離を取り、友美の制服の袖を握って避難した。
「き、清川さん容赦ねー」
「まあでもぉ、私もちょっと、赤崎みたいって、思ったけどね~」
そっと放たれた友美の追撃をもろに受け、金森が心臓の辺りをギュッと掴み、絶望に打ちひしがれた。
「碌に赤崎を知らない友美にまで、そう言われるなんてね……」
おかしくなったテンションで芝居掛かったセリフを吐くと、
「え? 友美より、赤崎をよく知ってる清川さんの言葉の方が、真実味あるんじゃない?」
という、友子のあっさりとした言葉に止めを刺され、とうとう地面に溶けた。
「ふふふ、楽しいなあ。あれ? 響ちゃん、どうして倒れているの? カレー作ろうよ」
まだ若干、涙の残った笑顔を屍のような金森に向け、優しく手を差し伸べる。
「……うん」
沈んだままで清川の手をとると、ヨロヨロと立ち上がって項垂れた。
それに対し、清川は満足そうな表情を浮かべ、甲斐甲斐しく金森の制服についた砂埃を払っていく。
「えへへ、響ちゃん。制服を汚して帰ったら、お母さんに叱られちゃうよ?」
呑気な清川は、悪気なく微笑んで金森の前髪も整える。
「そうね。ねえ、藍。私、そんなに赤崎に似てた?」
金森は別に、赤崎が嫌いなわけではない。
嫌いなわけではないが、赤崎の発言や偉そうな態度、中二的思考は小馬鹿にしていたし、変わり者だと思っている。
また、赤崎の態度などが原因で、彼を素直に友人と認めることができなかった。
何なら、嫌われていると思われても仕方のないような態度をとることすらあった。
その赤崎と同等にされる。
これは、金森にとってかなりショックな事だった。
そんな金森に、清川は容赦なく眩しい笑顔を浴びせる。
「うん。言っていることとか、元気なところが、そっくりだったよ」
清川も赤崎のことを変わり者だとは思っているが、金森とは違って彼のことを素直に友人と認めていた。
また、常日頃から、二人はすぐにケンカをするが仲が良く、性格も似たところがあると思っている。
そのため、金森が赤崎と一緒にされてショックを受ける、とは思ってもいなかったのだ。
「グハッ……大人しくカレーを作ります」
死体蹴りを食らった金森は、哀愁漂う背中でジャガイモを拾って洗い、粛々と皮むきを始めた。
気分は落ち込んでいるようだが、毎週末に自宅で料理を作っているだけあって、その手つきは確かだ。
清川がキラキラとした瞳で、シュルシュルと皮のリボンを作っていく金森の手元を見た。
お母さんが料理をしているのを、ワクワクと眺める子供のようだ。
「わあ、響ちゃん上手だね。これなら、きっと、神様になれるよ」
金森をそっといたぶり続ける無邪気さは、最早、一種の狂気かもしれない。
「うう……その話は、もう勘弁してよ。私も、何だかんだテンションが上がっていたのよ」
落ち込みながらも淡々と作業を続け、とうとう全ての野菜の皮をむき終えた。
「ありがとう、響ちゃん。じゃあ、後は、私達で切るね。あの、私、野菜をくり抜く型を、持って来たんだ。使ってもいい?」
清川が取り出したのは、主にニンジンを花形にするための、煮物用の金型だ。
感情の切り替えが早い金森は案外あっさりと回復したようだ。
興味深そうに清川の手元を覗いた。
「おお、良いわね。可愛いわ」
自分ならば面倒がって使わない金型を、手のひらの上でコロコロと転がす。
「うん。斉藤さんと、田中さんも、野菜を切ろう」
斉藤が友子で、田中が友美だ。
その天然さで無意識に金森を嬲った清川に、友子と友美は揃って肩を震わせた。
特に、金森と一緒に騒いでいた友子は少し青ざめている。
「う、うん。じゃあ、清川さんはニンジンをお願い。私はジャガイモ、友美は玉ねぎを担当するわ」
素早く役割を決めて玉ねぎ係を回避し、そのままジャガイモを一口大に切り始めた。
「友子ぉ、貴方、何気に嫌な仕事を押し付けたでしょ~」
半強制的に玉ねぎ係にされた友美が、苦笑いを浮かべている。
その後、四人は再びじゃれ合ったり、ほんのり清川に刺されたりしながらも、概ね楽しくカレーを作った。
「ワイワイ騒いだわりには、結構早くに完成したみたいね」
金森が辺りを見回しながら言った。
どうやら金森たちの班が最初にカレーを作り上げたようで、遅い班は未だに野菜を切っている。
「響ちゃんが、テキパキ、していたからだと、思うよ」
料理中、金森は何だかんだと三人に指示を出して行動を促し、細々と発生するハプニングに落ち着いて対処していた。
その甲斐あってか、料理が大きく滞ることは無かったのだ。
「まあ、それはあるかもね。料理って慣れてないと次はどうすればいいの!? って、パニクッて、失敗したりするわけだし」
友子は、綺麗にコメの盛られた皿にカレーをよそった。
ちなみに、カレーライスの米は一括で教員たちが炊き上げ、それを生徒たちが貰いに行く、という方式になっている。
「あ、清川さん。このニンジン、何個かもらっていい?」
「友子いいなぁ。私も何個かもらっていい~?」
お玉に乗った、花形の可愛らしいニンジンを二人が揃って欲しがると、清川は「もちろん」と快く頷いた。
しかし、普段の彼女たちが進んで花形のニンジンを欲しがるようには思えず、
「友子も友美も、そんなにメルヘンだったっけ?」
と、金森は首を傾げた。
「ああ、ほら。私達、これから彼氏のとこ行くでしょ? ちょっと、可愛さを見せておこうかなー、と」
友子の言葉に友美も頷いている。
その様子に、金森は苦笑いを浮かべた。
「うわぁ、詐欺師……」
「お黙り。私達も作ったんだからいいのよ。じゃ、私と友美はそろそろ行くから」
非難がましい金森の視線を断ち切って、二人はカレー皿を片手に、他のクラスにいる恋人のもとへと去って行った。
「私たちはどうする? ここで食べてもいいけど」
金森もカレーをよそうのだが、その順番が最後だったので残ったカレーを全部乗せ、フライパンに残った二本の焼きネギを乗せると、皿の上がかなり豪勢になった。
ちなみに、焼きネギは清川が持って来たネギを適当な大きさに切って焼いたもので、元々、トッピングに使うつもりだったようだ。
『相変わらず、チョイスが独特ね、藍』
清川の皿の上では、数本のネギが主役の顔で寝そべっている。
「ええと、私たちは、怜君のところへ、行かない? 遊ぶ時だって、怜君と一緒だし」
清川の後ろでは、周囲に他人がいたため、ずっと空気と化していた守護者が頷いている。
「そうね。おそらく班で孤立しているだろう赤崎の姿でも、拝みに行きましょうか」
空になった鍋に水を注いでからシンクに入れ、あまり素直ではない言葉で頷いた。
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