海に出発

 夏休みも約半分が過ぎ、とうとう遠足の日がやって来た。

 行き先は隣町の白銀町にある海であり、そこまでは学校で依頼した貸し切りのバスで向かう。

 金森たちの住む石英町は交通の便が良く、バスや電車を使えば、そう時間をかけずに海や山へ行くことができた。

 金森は校門の近くで、同じバスに乗る清川を待っていた。

 既に敷地内には何台ものバスが並んでいて、その付近では少しずつ集合しつつある生徒たちが、ソワソワと出発を待っている。

 ギリギリまで眠り、朝飛び起きては大慌てで教科書やらノートやらをリュックサックに詰め込み、かき込むようにして朝食を食べ、母親に叱られながら家を出る。

 これを週に二、三回やらかすのが金森なのだが、それに比べれば、本日の彼女には随分と余裕があった。

 リュックサックの中には、スマートフォンや財布、水着に、日焼け止めなどが入ったポーチ、野外での調理実習で使う食材などが詰め込まれている。

 まともに持って行こうとするとかなりの量になってしまう。

 だが、金森は本当に必要なものを吟味して荷物の軽量化を図り、かつ整理整頓して詰め込むことで、リュックサックをかなりスマートにすることに成功していた。

 朝にもかかわらず、激しく照り付ける太陽を睨みつけ、制汗スプレーで涼を取る。

 やがて、ヨタヨタと歩く清川と守護者が現れた。

 眠る間も惜しんでリュックサックの中身を弄り続けた金森は、清川の姿に目を疑ってしまった。

「藍、それ、どうしたの?」

 目をシパシパと瞬かせながら、清川のリュックサックとトートバックを指差す。

 清川の灰色のリュックサックはパンパンになっていて、食べ物を詰め込み過ぎたハムスターの頬のように、歪に膨らんでいた。

 おかげでリュックサックに描かれた白いコトリは膨張して化け物のようになり、丸く歪んだソレは清川の背中から少し浮いている。

 また、白いトートバックも丸っこく膨らんでいるのに加え、真直ぐなねぎの濃い緑の部分が堂々とはみ出していて、その先が少し土で汚れていた。

 金森の驚きの視線に、清川は照れたように髪先を弄った。

 そして、そっとネギに触れる。

「あ、これね。この子、すぐにバックから出ちゃって、泥がついちゃった。でもね、ちゃんと洗うし、上の方を切っちゃえば、大丈夫だよ」

「う、うん、そこだけじゃないんだけれどね」

 照れながら斜め上の回答をする清川に、金森はなんと言えばいいのか分からず、苦笑いを浮かべた。

「おはよう。今日は早いのだな、金森響、き、清川藍!? どうしたのだ、そんなにたくさん詰め込んで! 食欲に身を任せたげっ歯類ではあるまいに」

 自転車を押しながら現れた赤崎のドストレートな物言いに、清川は照れ笑いを浮かべた。

 恥ずかしそうにトートバックを撫でる。

「万が一に備えて、救急箱とか入れたら、こうなっちゃった。あのね、実は、守護者さんが、こっそり支えてくれているから、あんまり、重くないんだよ。ネギも、何回か落としたら、守護者さんが、固定してくれることになったの」

 清川の隣で、守護者がドヤッと胸を張った。

「備えあれば憂いなし、ですから」

 堂々と言い放つと触角を操って、リュックサックやネギを揺らす。

「それは、そうなのだが……」

 赤崎もなんと言葉を出せばよいのか分からず、金森と同じような苦笑いを浮かべている。

 ちなみに、赤崎の黒いリュックサックは、赤いスパンコールで作られたドラゴンが堂々とした輝きを放っていることを除けば、概ね普通の姿をしている。

 金森ほどスマートではないし、清川ほどパンパンでもない。

 比較対象が極端だと言われれば、最早それまでなのだが。

「赤崎のリュックは、一番普通ね」

「確かに」

 金森と清川が赤崎のリュックを見てフムフムと頷くと、赤崎がムッとした表情になった。

「普通とは何だ、普通とは。この素晴らしいアイテムボックスには、必要なものに加えて、レポート用のメモ帳や怪我をした際の絆創膏などが入っているのだぞ。かなり機能的なはずだ」

 得意顔の赤崎は、整理整頓が行き届いたリュックサックの中身を見せた。

 非常に充実しており、清川や守護者などは素直に称賛したのだが、金森は、

「あ、メモ帳忘れた。貸して」

 と、非常にふてぶてしく言い放った。

 どうやら軽量化しすぎて、必要最低限すら持ってこなかったらしい。

 あるいは、借りればいいやの精神で、初めから持ってくる気が無かったのかもしれない。

「金森響、お前……俺も一つしか持ってきておらんぞ。少し待っていろ」

 ジト目で睨む赤崎は、少々呆れながらメモ用紙を数枚、引き千切ろうとしたが、

「あ、私、メモ帳、2個持って来たんだ。筆箱も2個あるから、1個ずつ、貸してあげるね」

 と、清川が待ったを掛け、リュックサックを漁りだした。

 歪になるほど物を詰め込んだリュックサックが、早速役に立って嬉しかったらしい。

 ニコニコと笑って、メモ帳と筆箱を差し出した。

「藍、よかったですね! ハムスターリュックサックが役に立って」

 守護者の輪郭も嬉しそうに揺れている。

 渡されたメモ帳にはパステルピンクを基調に、丸っこく可愛らしい絵柄の動物たちが描かれていた。

 また、筆箱は一見するとモフモフとしたアザラシのぬいぐるみのようだが、背中にチャックが付いており、開けてみると存外多くの筆記用具が詰め込まれていて機能的だ。

『あら、可愛い。意外とたくさん入るのね。最近この手の筆箱よく見るし、流行ってるのかな? 私も買おうかな。ああ、でも、私が買ったらすぐにボロボロにしちゃいそう。瀕死のアニマルを生み出すのが目に見えてるから、止めておこう……』

 金森は物珍し気に筆箱を眺め、その毛並みをモフモフと撫でるなどして遊んだ。

「変だった? やっぱり、子供っぽいかな」

 大人っぽい金森がアザラシ型の筆箱を持っているのを見ると、なんだかそれが子供の玩具のように思えて、清川は不安げに眉を下げた。

「ん? いや、藍らしくてかわいいと思うよ。確かにちょっと子供っぽいけど、なんていうのかな、それが藍に良く似合ってる。えっと、良い意味で、なんだけど、なんだろう。この言い方、語弊があったらゴメン!」

 アザラシを軽く両手で挟んで謝ると、清川が「ありがとう」と照れ笑いを浮かべた。

「皆さん、そろそろバスに乗ってください」

 金森と清川のクラスの担任であり、国語教師の佐藤智香さとうちかが、高い声を張り上げて号令をかけた。

「あらら、もうそんな時間か。じゃ、行こうか、藍……赤崎も、後でね」

「ああ、また後でな」

「うん、いっぱい遊ぼうね~」

「乗り物酔いにお気をつけて」

 四人は言葉を交わしあい、それぞれ自分のバスに乗り込んだ。

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