結局果たせそうにはありません

 清川は不安を感じて、涙目になっていた。

「守護者さん、いないの? ねえ、戸締りに行っちゃった?」

 眠る前に温かいお茶でも飲みながら、少しだけ守護者とおしゃべりをしようと思っていたのだが、清川が何度も呼びかけているのに、守護者からの反応が無い。

 守護者の姿を見ることが出来ない清川は、守護者が近くにいるのかどうかも分からず、不安になって狼狽えていた。

 ベッドの端に乗ったぬいぐるみを持ち上げて、その下に守護者がいないかと意味もなく探し回る。

 すると、清川の後頭部をモフッとした柔らかい布の塊が包んだ。

 驚いて後ろを振り返れば、守護者が自分の代わりとして操り人形のように使っている、白い鳥のぬいぐるみが一生懸命に翼を広げて頭を抱きしめていた。

 こんなことをするのは、守護者しかいない。

 恐怖が一気に安心へと変わる温かさと、自分を慈しむ白い鳥の幻想的な愛らしさに嬉しくなった清川は、ふわっと顔を綻ばせてぬいぐるみを抱き締めた。

「守護者さん! 良かった、全く反応が無いから、いなくなっちゃったのかと思ったよ」

 身動きが出来なくなったぬいぐるみは、ペチペチと手羽先で清川の腕を叩く。

 だが、彼女の方はそんな反応が返ってくることも嬉しいようで、ますます腕に力を込める。

 守護者はぬいぐるみを通して文字を書くことは諦め、触角でペンを操って文字を書いた。

『すみませんでした、藍。ずっと側にはいたのですが、少し、友人のことを思い出してぼんやりとしてしまったのです』

 守護者は申し訳なさそうに頭を下げると、タンスから取り出したハンカチで清川の目元を拭った。

 清川は緩く首を振ってハンカチを受け取り、

「ううん。私の方こそ、狼狽えちゃってごめんね。少し泣いちゃったの、恥ずかしいな」

 と、ほんのり赤く染まる両頬を押さえた。

 それから、当初の予定通り、守護者とお喋りをしようと、コップの置いてある机に座る。

「守護者さんのお友達は、どんな人なの?」

 少し冷めたお茶を啜って、清川が聞いた。

 すると、机の上で座っていた鳥のぬいぐるみが手羽先で下くちばしを撫で、少し考えるそぶりを見せてから文字を書き始めた。

 ぬいぐるみが全身を使って一生懸命に言葉をつくり出していく姿は、何度見ても愛らしくて癒される。

『なんといいますか、掴みどころのない方ですね。見た目は女の子のような少年なのですが、年齢よりも大人びていて、そうかと思えば年相応に子供っぽくて……』

 ここまで書いて、守護者はふとペンを動かすのを止めた。

「どうしたの?」

 まるで言い淀むような動きに首を傾げると、やや有って、再びペン先が動き出す。

『いえ、何でもないのです。ただ、どうとも書き表せない方でして。ですが、良い方ですよ。変わっていて、穏やかで、優しい方です。実は、その方に会いに行く約束をしていたのですが、未だに果たせぬままなのが気がかりでして』

 再開を約束した当時、少なくとも守護者は約束を守れるとは思っていなかった。

 当時の守護者は、いつ消えてしまうか分からなかったからだ。

 だが、約束だよと差し出された小指を無視するのも酷い話だと思ったので、建前として指切りをしたのだ。

 しかし、金森たちの協力もあって、守護者は、清川を守り続けながら存在できる未来を手に入れた。

 望んだ未来を手に入れ、以前にも増して幸せな日々を送れるようになった。

 すると段々、独り寂しそうにしていた友人や、彼との果たされていない約束が気になり始め、最近ではボーッと彼を思い出すことが増えていた。

「守護者さん、私、確かにさっき、守護者さんがいなくなっちゃったかもって、狼狽えちゃったよ。けど、それは、私が守護者さんを見ることが出来ないから、もしも、もしもだよ、もしも守護者さんが消えてしまっても、自分では、分からないからなの。ちゃんと守護者さんが、外出するから明日の夜まで帰ってきません、とかって教えてくれるなら、私、少しくらい一人でも平気だよ」

 守護者が友人に会いに行けない理由は、自分が頼り無くて、少しでも目を離したら危険な目に遭うか、孤独に耐えられず寂しい、寂しいと泣くと思っているからだ、と清川は考えている。

 確かに清川には、寂しがり屋で弱虫だという自覚がある。

 だが、幼いころから最近まで、一人で孤独に耐えながら生きてきたという自負もある。

 一定の孤独耐性があるのに加え、取り乱した理由も本人の話した通りであるので、守護者が一日か二日で帰ってくるのだと分かっていれば、離れることは平気だった。

 むしろ、自分のせいで大切な約束すら守れないという状況の方が、気になってしまう。

 そのため、清川は恥ずかしそうにモジモジとしながら外出を勧めた。

 だが、鳥は首を横に振った。

『いえ、藍のことが心配というのは勿論なのですが、実は私、友人が何処に住んでいるのかを知らないのです。洞窟に住んでいるらしいことは分かっているのですが、どうすれば彼の洞窟に行けるのか、詳しくは分からないのです』

 生存する術を探して守護者が幻想世界を練り歩いていた時、偶然に行き着いたのが博士の家だった。

 守護者はそこで、博士から自分自身のことなど、様々な事を教えてもらった。

 そして、博士の作った通路を通して現実世界へと帰ってきたのだが、戻ってきた場所は自宅でもある清川の家だった。

 現実世界と幻想世界は明確に別の世界だが、多少の繋がりは存在する。

 そのため、博士の家から清川の家へ行けたのなら、その反対に清川の家から幻想世界に入って博士の家に行くこともできるはずだ。

 しかし、守護者が何度試しても、自宅から洞窟に行くことはできなかった。

 幻想世界で迷うのも危険だが、現実世界で迷って帰れなくなることだって十分、危ない。

 博士は守護者のために、自宅と守護者の家を繋げた通路を作ってくれたのだろう。

 だが、その親切のおかげで、再び博士の家へ向かうことは困難になってしまった。

 博士の家へ自然と行きついた時のように、幻想世界を当てもなく彷徨ってみるという手もあるが、守護者にとって最も重要であるのは清川の安全だ。

 お人好しで危なっかしい清川は、犯罪や事故に巻き込まれかけてしまい、それを守護者がひっそりと助け、危険を回避させるということが少なくなかった。

 守護者がいなければ、清川はとっくに亡くなっていた可能性すらある。

 流石に清川も年齢を重ね、成長するにしたがって、不審者を疑うことを覚え始めた。

 様々な危険の頻度も減ったのだが、それでも長期間、清川から目を離すのには不安がある。

 清川に許可を出されようとも、博士を探すためにしばらく彼女の側を離れようとは、どうしても思えなかった。

 結局、何らかの偶然で会えることを期待するしかなく、約束が果たされる可能性は限りなく薄い。

 守護者が苦笑いを浮かべ、心の内で博士に謝罪していると、清川の、

「え!? 守護者さんのお友達は洞窟に住んでいるの?」

 という、弾んだ声が聞こえてきた。

「守護者さんのお友達は、世捨て人なの? それとも、守護者さんと同じで、そもそも人間じゃないのかな?」

 好奇心の溢れる様子で問うてくる。

 守護者は清川の好奇心いっぱいの質問に答えて、おしゃべりに興じた。

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