水着購入
特に大きな問題も起こることなく一週間は過ぎ去り、すぐに夏休みになった。
遠足は夏休みが始まった二週間目の水曜日であり、金森たちは夏休みに入った最初の月曜日に出かけることを約束した。
この日はその約束の月曜日であり、三人は同じバスに乗るため、そのバスの中で待ち合わせをした。
向かう先はキラキラマート、という大型のショッピングセンターだ。
バス内は混んでいたが三人は無事に合流すると、交通量が多くて止まりがちになるバスに揺られながら、目的地へ向かった。
いつもよりも少し時間が掛かって目当てのバス停に着くと、ゆっくりとバスが停車して中から人がゾロゾロと降りていく。
「うわー、あっつい。早く中に入ろうか」
込み合ったバスの中で凝り固まった肩をグッと背伸びして解し、開口一番に天気へ文句をつけた金森に、清川はコクコクと頷いた。
彼女の方も早速、額に汗が滲み、顔が火照っている。
単純にこの日の気温が高いということもあるが、クーラーの効いたバス内から太陽の照り付ける外へと移動したことで生じた気温差も、彼女たちを苦しめている原因の一つだろう。
急いで入ったキラキラマート内は外に比べれば涼しく、金森たちはホッと息をついた。
「今日は平日だけど、でも、夏休みだからかな? 結構人がいるね」
金森たちのように入り口付近でホッと息をつく若者や、買い物を楽しむ親子連れ、ベンチでたむろしてゲーム機で遊ぶ小学生、飲食店で休憩を取る老夫婦など、様々な人々が思い思いの時を過ごしていた。
いつもより明らかに客が多く、また、様々な人がいるとは言いつつも、その割合は小、中、高校生などの、夏休みが始まっただろう若者が多くを占めている。
「うん。バスからも、人がいっぱい降りていたし。でも、夏休みと日曜日が重なるよりは、マシ、かも」
汗をハンカチで拭って微笑む清川に対し、金森は腕で額の汗を拭っている。
お淑やかな清川とガサツな金森では仕草が正反対だが、その服装の系統も、二人は大きく異なっていた。
清川は、襟がふわふわとしたレースで飾られた薄水色のブラウスを身に着け、首元には濃い藍色のリボンが巻かれている。
また、濃紺のロングスカートを身に着けており、靴は茶色のローファーを履いている。
全体的に控えめだが、愛らしい服装をしていた。
頭を彩るこげ茶のカチューシャには大きなリボンが付けられていて、少々子供っぽいが、それがかえって良いアクセントになり、清川に良く似合っていた。
「藍、お嬢様みたいで可愛い。その服は、この間買ったやつ?」
金森は以前までは清川のことを「藍ちゃん」と呼んでいたのだが、友人の名前は呼び捨てにするという癖がある彼女は、あっという間に清川のことも呼び捨てにするようになっていた。
もっとも清川は、金森が友子や友美のことは呼び捨てにするのに対して、自身のことは「藍ちゃん」と、ちゃん付けで呼ぶのを気にしていたので、ちょうどよかったのだが。
褒められた清川は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
その後ろで、守護者が自慢げに触角を組んで頷いている。
「うん、そうなの。ふふ、ありがとう。響ちゃんは、綺麗で素敵だね」
清川は頬を染めて可愛らしく照れると、金森の姿を褒めた。
金森は黒いキャミソールの上に、白っぽいシースルーの上着を羽織っている。
また、丈が太ももの中間程になっているジーンズ生地のズボンを履いており、白く綺麗な足を惜しげも無く晒している。
キラキラと輝く装飾のついた華美なサンダルを履いていて、全体的にモデルのような格好良さがあった。
綺麗な金森と可愛らしい清川は周囲の視線を集めており、密かに守護者が辺りを警戒し始めた。
「そう? 私、綺麗かな。ふふ、ありがとね。じゃ、早速、水着を買いに行こうよ」
ニッと嬉しそうに笑う金森のすぐ隣を同じように楽しげな清川が歩き、その数歩後ろを、ゆっくりと守護者が追いかける。
水着を含めた衣服があるのは二階の売り場だ。
季節が夏だからだろうか、水着や水辺で遊ぶための道具などが並んだ、専用のコーナーができていた。
「こういうコーナーがあると、便利で良いね。わー、結構いろんな水着があるわ」
商品棚には、ビキニやワンピース型の水着が並び、色の群れを形成している。
子供向けのものもあれば、大人向けのものもあって、細かいデザインも様々だ。
中には、泳ぐことに特化した競泳水着のようなものもある。
専用のコーナーを覗いた金森が、様々な水着を見てはしゃいだ。
「うん、可愛いね。あのね、響ちゃん、今日は、誘ってくれてありがとう。響ちゃんに、誘われてなかったら、私、学校の水着を、着てたと思うもの」
清川もカチャカチャと音を立てながらハンガーを動かし、可愛い水着を探し始めた。
ちなみに守護者は、邪魔をしないよう二人から距離を取りつつ、周囲をしっかりと警戒している。
その姿は、不器用な父親かSPだ。
「水着って、結構、どれも露出が多いんだね。可愛いけど、恥ずかしいな」
可愛いものを探す内に売っている水着の傾向を掴み始めた清川が、ほんのりと頬を染めて、はにかんだ。
「まあ、そういうものだからねー。ワンピース系の服っぽいのもあるけど、私は、せっかくだから水着らしいのを着ようかな」
金森が手に取ったのは、上がオレンジ色のビキニで、下は金森の履いているようなジーンズ生地の、丈の短いズボンになっている水着だ。
少々露出は多いが、元気な色合いが金森らしい。
それを、清川がちょっと照れて見ている。
「金森さん、それにするの?」
「うん。変?」
恥ずかしそうな清川の様子に、自分の選んだ水着は高校生が着るにしてはセクシーすぎたのかと、金森は少々焦った。
しかし、清川はブンブンと首を振る。
「ううん。そんなことないよ。可愛い水着で、きっと、似合うと思う。でも、やっぱり、私が着るとしたら、恥ずかしくなっちゃう……かも」
段々と頬を染めて俯く清川は、金森の持つ水着と酷似したデザインの物を持っている。
金森の水着との違いは上の水着の色が深い青色で、下が同じ色でビキニと同じ素材の、ヒラヒラとしたスカートになっている、という点だ。
金森の水着と同じで露出は多くなるが、落ち着いた色合いが清川らしい。
また、下がスカートになっている分、より可愛らしくなっている。
「私は、水着は露出するものだ、って割り切ってるからなあ。でも、藍は無理しないで服っぽいのでもいいのよ? きっと似合うと思うもの」
「うん。でもね、できたら、金森さんとお揃いがいいな、って」
そうはにかんで、赤い顔を水着の後ろに隠した。
照れ屋でモジモジとした清川が可愛らしく見え、金森はお姉さんっぽく微笑んだ。
「ふふ、藍は可愛いね。そうだ。それなら、アレはどう?」
金森が持って来たのは、膝近くまで丈がある水着用のパーカーだ。
一つは黄色で胸元に白いイルカが描かれており、もう一つは水色で、こちらも胸元に白いイルカが描かれている。
シンプルだが、可愛らしいデザインだ。
「これを上から着れば、きっと恥ずかしくないし、お揃いだよ」
「わあ、本当だ。ありがとう、響ちゃん」
パアッと表情を明るくする清川に、腕を組んだ金森が姉の風格で頷いている。
「よし、そしたら後はサンダルとか、日焼け止めを買わなくちゃ」
「あ、そっか。海に行くのに、必要な物は、水着だけじゃ、ないんだね」
特に水着以外を買う予定が無かった清川は、驚いたように目を丸くした。
「そうよ。海に行ったら紫外線にお肌を突き刺されるでしょうし、岩肌とか、熱い砂浜とか、とにかく危険がいっぱいだからね、ちゃんとサンダルが必要なの」
情報源はネットと先輩の体験談だ。
友達の少ない清川は、海について、学校で注意されたり、事前学習をした際に手に入れた以上の予備知識を持たない。
そのため、金森を尊敬の眼差しで見つめた。
「そっか、響ちゃんは、色々知ってて、すごいなあ」
「ありがとう。まあ、先輩方の受け売りなんだけれどね」
照れ臭そうに笑うと二人は水着を購入し、それから清川のサンダルを見た。
サンダルはあっさりと決まり、その後は一階のドラッグストアへ向かう。
清川は意外と多い日焼け止めの種類に困惑し、テスターを手当たり次第に塗っては釈然としない様子で成分表や効能の欄を見ている。
その様子を見た金森が、ふと湧いた疑問を口にした。
「もしかして、藍、日焼け止め使ったことないの?」
清川は、おずおずと頷いた。
「うん。実は、そうなんだ。私、あんまり、外には出なかったし、学校でも、私服でも、長袖を着ることが、多かったから」
金森たちの学校では、夏は原則半袖のブラウスを身に着けることになっていたが、その日の体調に合わせて、長袖のブラウスを身に着けても良いことになっていた。
暑がりの金森にはとても考えられないが、クーラーによる冷えなどから長袖のブラウスを身に着ける生徒も一定数おり、清川もその類いだった。
「そっか。でも、やっぱり日焼け止めは塗った方がいいよ。紫外線は健康に悪いっぽいし」
「そ、そうだよね。あはは、そういうの、あんまり分からなくて、駄目だなぁ」
まだ日焼け止めを使った事のない自分を子供っぽいと感じ、密かに劣等感を抱いていた清川は少し落ち込んで頬を掻いた。
「別にダメってことはないよ。つけた方がいいってなったなら、今日から、そうすればいいだけだもの。ところで藍、もしかしてスキンケアとかお化粧も、あんまり詳しくない?」
ついでに出された問いかけに、清川は恥ずかしそうに俯いて頷いた。
「うん。興味はあるんだけれど、あんまり詳しくなくて……響ちゃん、よかったら、教えてくれる?」
頬を染めて上目遣いに頼む清川に庇護欲を感じる。
金森はポンッと胸を叩いて頷いた。
「いいよ。先輩や後輩、友達にネットやお母さんから情報を集めた私の知識の深さ、見せてあげる!」
「ありがとう、期待してるね」
張り切る金森に、清川は素直な期待を寄せて微笑んだ。
それから二人はドラッグストアの中を行ったり来たりして、様々な化粧品やスキンケアの道具を眺め、はしゃいだ。
少しずつ買い物かごの中身は溜まっていき、それなりの量の品物を買ってキラキラマートを出る頃には、もうすっかり夜になっていた。
「いや~、藍、買ったねえ。私も多少は買ったけどさ」
「うん。ふふ、楽しかったね」
時刻は八時過ぎ。
夏は日が長いといえども、さすがに辺りは暗くなっていた。
夜になりきれない空は黒と青の中間色で、何故か藍色を思わせる。
控えめな星々は白くぼやけていて、それでも懸命に輝こうとする様子が切なくも可愛らしい。
三人はベンチに座ってバスを待っていた。
「そういえば守護者、いつにもまして無口だったね。ごめんね、やっぱりつまらなかった?」
守護者はいつも控えめで、あまり積極的には会話に参加せず、それぞれが会話するのを楽しそうに眺めている。
しかし、それでも、全く言葉を発しないということは無かった。
外出中であり、周囲に人がいることを考慮しても、守護者の口数は極端に少なかったのだ。
自分達ばかりがはしゃいで、守護者を置いてきぼりにしてしまったのではないかと、金森は今更ながら心配になってしまった。
しかし、守護者はゆるく首を振って微笑み、その心配を否定した。
「いいえ、金森さん。私は、楽しそうな二人を見ることができて、嬉しかったですよ。それに、娘とその友人が、楽しくオシャレの話をしてはしゃいでいるのを静かに見守るのは、父親の宿命ですから」
のんびりと穏やかに言葉を紡ぐ。
「守護者、お父さん枠も狙ってたんだ」
守護者は、清川の誰かに守られたい、という思いから生まれた存在であり、清川の血縁ではない。
しかし、その願いによって生まれた守護者は、清川の身と心を守ることを最重要のこととし、彼女の母親のような存在になりたがっていた。
実際、清川の世話を焼く守護者の姿には母性を感じていたのだが、守護者が父親のような存在にもなりたがっていたのだと知り、呆れ笑いを浮かべた。
「母親のようになれれば一番ですが、藍にとって安心できる存在であるならば、父親でも、兄でも、姉でもよいのですよ」
とにかく、清川を保護する立場の、血縁のような存在になりたいようだ。
『守護者は相変わらずね。まあ、藍も喜んでいるみたいだから、いいんだろうけれど』
清川の方も、守護者に鬱陶しいほど世話を焼かれることを喜んでいる。
『子供の頃、お母さんにして欲しかったことを、してもらっているのかもしれない』
清川は子供の頃に父親を亡くし、母親は彼女を育てるために必死で働いた。
そのため、彼女が親子で過ごした時間はかなり少なく、我慢の多い子供時代を送っていた。
今も、あまり母親とは関われていないようだ。
そんな清川の、守護者に世話を焼かれて甘えている姿が、時折、母親の愛情をめいっぱい受け取る子供のように見えることがあった。
取りとめもないことを考えながら空を見上げていると、金森の服の袖を清川がクイクイと引っ張る。
「ねえ、守護者さんは、何て言ってたの?」
同じような不安を抱いていたらしい清川が、眉を下げて聞いてきた。
「えっと、楽しそうな私たちを見ることができて、嬉しかったってさ。優しいね、守護者は」
ニッと笑うと、清川もホッと胸を撫で下ろす。
「よかった」
安心を浮かべる清川を眺めて、守護者は思う。
『私は、もうずっと、誰にも認識されずに藍を守ってきました。あの日々を、辛いものだったと藍を非難するつもりは、決してありません。ですが、こうやって藍や金森さんたちに認識され、気遣われたり、気遣ったりして共に歩んでいく日々は、何物にも代えがたく、幸せですね』
誰かに見つけてもらおうと懸命に光を放つ淡い星を見上げて、そっと微笑んだ。
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