相思相愛の賭け事。

「こんにちは介添先生。相変わらず暇そうですね。今時間ありますか?」


「なんですか唯埼先生……暇で悪いですか。時間は生憎ないですよ」


「はぁ、そうですか。では、本題に入らさせてもらいますけれど」


「お構いなしですか」


「ギャンブル部は知ってますよね?」


「ちょっと待ってください。多分唯崎ゆいざき先生は、恋愛相談が仕事みたいになってる僕に、きっと相談を持ちかけようとしているんだと思いますが、しかし僕の専門はあくまで恋愛に限ります。なので、ええ、そういう方向の話なら、別の人にしたほうが賢明ですよ」


「いえ、大丈夫です。今回の件は恋愛についてですので。で、ご存知ですよね? ギャンブル部」


「そうですか……ええ、まぁ、名前程度なら、ですけど。最近また活動してるらしいですね。次で何度目の摘発でしたっけ?」


「そのギャンブル部の部員の、華々木類かかぎ たぐいという生徒なんですが、どうも問題がありまして」


「はぁ……問題……恋愛関係で、ですか」


「介添先生。あなたは、概念に好かれていると感じたことはありますか?」


「はい?」


「端的に言いますと、『自分はこの競技に愛されている!』とか、『この仕事は自分のためだけに存在している!』といった感情のことなのですが」


「は、はい? なんですか? それ」


「……まだわかりませんか? 要するに、感情を持たないものに、愛されていると勘違いをしたことがありますか? と、問いているのですよ!」


「……なんですかそれ? …………あぁでも、まぁ、言わんとしていることの雰囲気はつかめましたよ、ええ。僕は、そうですね……経験はありますね。一度だけですが。で、それがどういう風にその華々木という生徒の話に繋がるんですか?」


「あるんですか……私はありませんがね。華々木類は、ギャンブル部の生徒だという話はもうしましたよね? 彼女は、ギャンブルというジャンルにおいて、無類の強さを誇っているのですよ。まるで相思相愛のカップルのように、強い絆で結ばれているかのように……」


「はぁ……」


「その圧倒的なまでの勝負強さが、最近のギャンブル部のトラブルの原因になっているんです」


「そりゃあまぁ、勝ち続けられたらギャンブルは破綻しますからね……」


「ですから、その歪な恋愛感情を絶ってほしい……つまりは、ギャンブルをやめさせて欲しいのですよ」


「ギャンブルをやめさせる……別に構いませんが、どうしたんですか? なんというか、僕にそんな風に切羽詰まる様子で頼み事をしてくるのが、唯崎先生らしくないというか……」


「私情です。あなたには関係ないことです」


「……言いたくないんですか? どうしても?」


「…………」


「……そうですか。なら聞きませんけどね。とりあえず、引き受けましたよ。その相談」


「……ええ、よろしくお願いします」


「まぁまずはギャンブル部の部室の突き止めるところからですかね。ともかく今から動かなきゃ……華々木っていう生徒は何年何組なんですか?」


「介添先生、一つお伺いしたいのですが」


「…………な、なんですか?」


「自分の最も大事なものを、賭けたことはありますか?」


*********


「君が、華々木類さんで間違いないね?」


「あぁ、間違いねーぜ、センセ。にしても、よく見つけたなー、うちの賭博場。今回はみつかんねーって部長が言ってたのに」


「そうだね。まさか校長室の下のスペースだとは思わなかったよ。じゃ本題に入るけどさ」


「あーあー、やだねー。せっかちでさ。つーかさ、言わなくてもいいよ。わかってるから。あれでしょ? 多分唯崎センセに言われてきたんだろ? ギャンブル部やめろーって。センセも同じなんでしょ? だったら帰ったほうが賢いと思うなー。あたし、辞める気はさらさらないし」


「まぁ、そうだろうね。僕もそう簡単に行くとは思ってないさ。ところでなんだけど、勝負に負けたことがないって本当なの?」


「ふふん、あぁ、本当だぜ。あたしはギャンブルにおいて、敗北を喫したことがない! のだ」


「ふーん。それってどのジャンルでも?」


「あぁ、どのジャンルもいけるぜ! じゃんけんからバカラまでどんな競技でもかかってこい!」


「イカサマされた時は?」


「そりゃあ、もちろん不戦になるな。無効試合に運よくなってくれる。例を出すと、イカサマが発覚したって言うのが一番多いかなー。あとは、突然台が壊れるとか、他の部員が突然暴れ出したりとか」


「ふーん、なるほど……じゃあさ、試しにポーカーやってみようよ。トランプならあるし」


「はははっ! いいね。やろうやろう。センセは何賭ける?」


「じゃ、ジュース一本。あと漫研の雑誌。はい君のカードだよ」


「しょっぼ! 高校生かよ! ……まーあたしは素直にチップ賭けるよ」


「チップ? 何に使うんだ?」


ここ賭博場のチップだよ。大体これくらいだと、一万円分はあるかな?」


「レートが釣り合ってないな……」


「で、センセ。どうよ。手札の方は。あたしはこれでいいぜ」


「じゃあ僕は三枚チェンジで……」


「ふふっ、それじゃオープンだ! そりゃ、ストレートフラッシュ!」


「Qが三枚……これって僕の負け?」


「はっはっはっ! また勝ってしまったなー! センセ、ありがとー!」


「ふむ、なかなかやるね。じゃあ次はチンチロをやろう。僕はさっきと同じものを賭けるよ」


「チンチロ? あーあー一度だけやったことあるなー。確か、一を三つ出すのがいいんだったよな?」


「で、サイコロはこの僕が用意した三つを使うんだけど…………」


「うん」


「…………」


「………………なんだ? センセ?」


「いや……なんでもない。はい、先やっていいよ」


「おう! あんがと。えい。…………あ、一が三つだ」


「……すごいな。じゃあ僕も……一二三か……僕の負けだね」


「にひひー。センセからっきしだめだねー。あんまり賭け事やったことない感じ?」


「そうだね。全くやってこなかったかな。じゃあ、次が本番だ。今回はコイントスだよ。このコインを使う。顔がついてる方が表だよ」


「コイントス……いいねぇ大好きだよ。ニブイチってところが。ギリギリを渡ってるみたいでさ。で、何を賭けんの? またジュース?」


「いや、今回は違うさ。僕が勝ったら、君にはこの書類に自分の名前と、親の名前。そして印鑑を押して、提出してもらう。この書類にサインすると、ギャンブル部の退部、今後、学生の身分でありながら、賭け事をすることの全面的禁止、ギャンブルで取得した現在所持する全ての資産、現金を没収することに同意したことになる」


「…………へー、なるほど、大きく出たじゃん。それで、あたしがその勝負に乗りたくなるような、見返りは何?」


「君が勝ったら、僕の教員免許と、このノートをあげよう」


「教員免許……は、いいとして、ノート?」


「そのノートには、この学校だけでなく、少しぐらいなら外の世界を操作できる情報が載っている。上手く使えば、そうだね、ギャンブルでいくら勝っても辿り着けないほどの境地へいけるかもしれない……そんなノートだよ」


「…………センセ、なんつーもん持ってんだ。しっかしまぁ、そうだな。うん! 面白い。この勝負のった!」


「それは良かった。あ、僕が勝ったら、そのノートのことは秘密にね」


「ふふん。心配いらねーよ。どうせ勝つし」


「大層な自信だ。それじゃあ始めるけど…………」


「……何だよ」


「いや、何でも。僕は表に賭ける」


「じゃ、裏」


「……あ、一応言っておくけど」


「何だよもう! さっさとしろよ! ぐだぐだだな!」


「君、絶対僕には勝てないよ」


 介添臣が、そういった瞬間。コインは宙を舞った。


*********


「後日談です」


「はい? 何ですか?」


「いえ何でも。唯崎先生。その後どうなりました?」


「あぁ、ええ、しっかり提出されましたよ。こちら側で受理しました。これで華々木はギャンブル部の部員ではなくなったわけですね。今回の件、ありがとうございました」


「いえいえ……そんな大したことしてませんよ」


「一応、お礼の気持ちとして、仕事に復帰できるように一言入れておきましょうか?」


「いや、それは結構ですよ。僕なんかが仕事しても大して意味ないですし。今の養護教諭は唯崎先生しか適任はいないです」


「……そうですか。私は今のあなたが羨ましいですがね。とにかく、今回の件、ありがとうございました。…………ところで気になっていたんですが、どんな手を使ってあの子に書類を書かせたんですか? 乱暴なことはしてないですよね?」


「ま、まさか……そんなことしないですよ。単に勝負して勝ったってだけです」


「…………本当ですか? 私には乱暴を働いたといったほうが信憑性が高く感じますが……あの子に、華々木に勝負で勝つ? イカサマだって通じないはずでしょう?」

「いやまぁ、別に勝負したわけでもないんですけどね。何というか、ええ、騙したって感じです」


「騙した……?」


「あの華々木という生徒と、まず最初に、簡単なギャンブルをしたんですよ。ポーカーとチンチロですね。ポーカーを先にやった時、僕はイカサマをしました。簡単なものですがね。しかし、彼女にはそれを見破られませんでした。というか、そもそもシャッフルしてないのも、指摘はなかったですからね。次にやったチンチロでは、そりゃあまぁボロ負けもボロ負けでしたね。その時も、彼女はサイコロの目の確認をしませんでした。そこで僕は確信しました」


「……というと」


「”彼女は油断しきっている”。と」


「油断している……していたら何だというんです?」


「僕は最後、コイントスで勝負したんです。そこで、これまでの勝負で得た経験則を踏まえて、イカサマをすることにしたんです」


「イカサマ……でもそれは意味が……て、あぁ、そういうことですか……」


「ええ、多分想像通りですよ。僕は、両面が表のコインを勝負に持ち込みました」


「……それじゃコイントスは成り立たない……。不戦と言うか、未戦というか……つまりは、勝負強い彼女に、勝負をさせないで勝つ、というわけですか……」


「彼女がイカサマを確かめないのはじっくり検証できましたからね。まぁ、あそこまで上手く行くとは思いませんでしたが」


「運の勝負ではなく、運の付け入る隙のない、ただの詐欺に持ち込んだ訳ですか……本当、卑怯な人ですね……」


「…………さいですか。あ、そうだ。お礼の代わりといってはなんですが、どうして華々木類をああも気遣っていたのか、教えてくれませんか?」


「は? 嫌ですよ。何いってるんですか? 私情だと言ったでしょう。調子に乗らないでください」


「…………」


「……彼女の父親は、私と昔、同じ学校でした。これしか教えません。勝手に推測して考察してください」


「そりゃまた、どうも……てっ、ああ、なるほど、そういうことですか。確かに、ギャンブルにはあんまりいいイメージはないですもんね……思い入れというやつですか。それとも、未練、ですかね」


「なんとでも言ってください。肯定も否定もしませんから」


「…………とりあえず、一件落着ですね。それじゃあ、僕は相談室にでも行ってきますかね」


「あ、その前に」


「……なんですか?」


「『自分の最も大事なものを、賭けたことはありますか?』という質問に結局、お答えしてもらってないのですが、どうなんですか?」


「…………賭けたことがあるか、ですか」


 唯崎先生は、神妙な面持ちで、そんな問いを投げかける。


 僕はそれに対して、あっさりと、開き直ったかのようにこういった。


「ないですよ。教師として、人として、そんなことできるわけないじゃないですか」

 

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