4.おてんば天使

──悪魔。


 何かの比喩、例えではなく、人間の欲求・欲望を餌とし、人間界へ現れては人を襲う怪物。“級”で別れ、大きさごとにカテゴリー分けされた、悪の大群。


 天使の使命の中には、かの怪物達をすべて滅することも含まれている。


 天束あまつかエインは、目の前の“怪物”を目にして、遠い昔に学んだことを頭の中で思い出していた。


「大きさから推測するに“二級悪魔”か……。こんな所にご苦労なことね」


 彼女は肩にかけていたかばんをそっと降ろし、真っ直ぐに“怪物”──二級悪魔を見据える。


 悪魔もまるでそれに応えているかのように、天束あまつかエインを見る。その四つ足は未だ動いていないが、鋭利な刃のようになっている尻尾と、口の隙間から覗く尖った歯は、その危険性を示すのに十分過ぎるほどであった。


 互いの間に沈黙が流れるなか、最初に動きだしたのは──天束あまつかエインでも、二級悪魔でもなかった。


 いや、厳密に言えば、両者共に動き出す寸前であったが、どちらも──空に突如現れた“それ”に驚き、動き出せずにいた。


 注目を集める“それ”は、扉であった。巨大で、白色かつ、翼の装飾が施されている扉。


 二級悪魔は、突如現れた“扉”に対して苛立ちを隠せずにいたが、それと相対する天束あまつかエインは、その扉が何であるか知っていた。あれは──。


「天界の……ゲート!?」


 それは、彼女の記憶の中にある、天界と人間界を行き来する際に用いる“ゲート”と、同じものだった。


「あの悪魔の出現を感知して……? にしてはタイミングが遅すぎるか」


 互いに警戒自体は解いていないものの、その意識は相手ではなく、ほぼそのゲートへと向けられていた。

 ──と、次の瞬間。その扉が開いた。が。中から出てきたのは。


「──あ、あれ? 上手く飛べな……あ! あー! 危ないですからどいてー!」

「は……?」


 天束あまつかエインめがけて落ちてくる、見習いの天使だった──。



 愉快な登場の仕方をした見習い天使……の下敷きになっていた天束あまつかエインと、それを少し離れた所から様子を窺う二級悪魔。

 傍から見れば、異常としか言えない空間が形成されつつあった。


「ちょ、ちょっと! あなた何者よ!」


 さっ、と見習い天使の下から抜け出し、彼女を指して疑問を投げかけるエイン。


「え、えーと──」


 刹那。動きだしたのは……二級悪魔だった。この状況を有利と判断し、天束あまつかエインと、ついでに見習い天使を巻き込むように飛びかかる。だが。


「……後で聞くわ。今は目の前の障害を排除しましょう」


 彼女たちは、何の傷を負うこともなかった。いや、悪魔がそもそも飛びかかれなかった、という方が正解なのかもしれない。

 

 飛びかかろうとした悪魔は、ある“モノ”に遮られた。天束あまつかエインが手を伸ばして生み出した、魔道・・による障壁に。


「即席レベルの障壁で防げるとはね。まぁいいわ。さっさと終わらせましょう」

「──そこのおてんば天使、伏せてなさい」


 は、はいと言って、小動物のように縮こまる見習い天使を後目に、天束あまつかエインは先程まで伸ばしていた手を地面に降ろし、何かを唱え始める。

 もちろん、それを二級悪魔が黙って見ているわけもなく、再び彼女に飛びかかろうとした、その瞬間。


「──魔道光柱ルミナスピラー


 天束エインがそう呟くと、彼女の手を中心として、幾何学的な模様が施された”陣”が形成される。

 しかし、悪魔が止まることはない。彼女を殺そうと、その魔法陣に足を踏み入れた途端。


 悪魔の足元から光の柱が立ち上り、そこに“居た”はずの悪魔は、痕跡すら残さずに消え去っていた。


「いっちょ上がり、ってところかしらね」


 ふぅ、と一息ついて、震えて立てそうにもないへっぽこ天使に、手を差し出す失翼しつよくの使い。


「私は天束あまつかエイン。あなたは?」

「わ、わたしは──アンジュ。アンジュ・ド・ルミエールっていいます」


 失翼しつよくの使いと見習い天使が、人間界で今出会う。そしてこの瞬間──物語がはじまりを告げようとしていた──。

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