3.天の使いの使命
「
授業間の休憩中。そんなことを呟きながら、
「講義自体はまぁ、簡単ね。流石に天界のそれと比べたら、だけど」
だが。“転校生”という属性は、いつも注目を浴びがちなもので、それは彼女も例外ではなかった。
・
・
・
「転校生のあ……
と、元気ハツラツな同級生。手を振って返す元天使。
「
と、おしとやかなお嬢様風の学生。戸惑いながら頭を下げる元天使。
「転校生、よろしゅうな!」
と、肌が少し焼けた、ガタイの良い野球少年のような男子学生。疲れた顔で挨拶を返す元天使。
・
・
・
「……人間の会話がこんなに疲れるものだとは」
エインは、物憂げな顔で窓の外を眺めながらため息をつく。周囲には騒然とした音が満ちていた。
「……そういえば。一つ、気になることを言っていたわね」
最初に
「──そういえば、
「え、ええ。そうね……大きな川の近くを通っているのだけど」
「えぇ! あの川の近くを!?」
もしかしたら、あの川はここら辺ではかなり有名なもので、名前を言えないことで怪しまれたのかもしれない──と
「あの辺、幽霊が出るって噂だから通らないほうがいいよ?」
「へ……? 幽霊……ね」
意外な返しに面を食らった、というような表情になるエイン。
「そうなんだよ! なんでも、風も吹いていないのに服を引っ張られるとか、近くに誰もいないのに、どこからともなくボールが転がってくるとか」
「そんな噂ばっかり聞くんだよねぇ」
幽霊という予想外のワードと、その女学生の忙しなさに驚きつつも、元天使はしっかりと話を聞き、一応答える。
「それはその、気のせい……とかではなく?」
「うんうん。色んな人がそれっぽい現象に会ったって言ってるからね」
冷静に問いかけ直す
「もしかして、天束さんって幽霊得意なタイプ?」
「得意というか、まぁ、なんというか、あの」
「まぁそんなこと関係ないよね。変な話ばっかりしちゃってごめんね」
「い、いや」
と、言うと、次の科目を担当している教師が入ってくる。そろそろ準備しろよ、という声が聞こえてくると、その女学生は自分の席へと帰っていく……そのとき。
「あ、そうだ」
「私は
「えぇ。こちらこそ」
・
・
・
放課後。
「特別な行事もなくて助かったわ」
教室を出て帰路へつく彼女の前に、ある人物が現れた。周囲の学生がざわめき立っている。
「朝ぶりですねっ!
「げ……」
ひときわ目立つ学生。萩目さくらがそこに居た。
「開口一番にそれって、ちょっと酷くないですか!?」
「……ごめん」
しょんぼりする萩目さくらに、
「
「幽霊……ですか?」
問われたさくらは、少しキョトンとした顔になりながらも、
「……あ!
今度は
「
「はい! 確かに、あの辺りで不思議なことを体験したって言う人は多いですね」
「そうなのね」
「どうもありがとう。
礼を言って立ち去る
「
「……何かしら?」
「朝の“あれ”って一体何だったんです?」
ギクリという顔になるが、必死に堪える元天使。
「い、いや……」
「いや?」
「手品か何かだったのかもしれないわね! あ、アハハ!」
その瞬間、全力で学園の玄関へと駆け出す
「あぁ! ちょっと!」
「教えていただくまで諦めませんからね~!」
・
・
・
「はぁ……疲れた」
疲れた顔を浮かべるエインは、肩を落としてため息をつく。
「あの娘、まさかあんなにしつこいとは……」
そう言ったところで、彼女はあることに気づいた。
「あ……
ブツブツ独り言を呟いている間に、エインはいつの間にか
「……幽霊か」
昼間の
「迷える魂を導くのは、天使の役目……。昔そんなことを習った気もするわね」
「……いえ。羽根なしの私に出来ることなんてもう何も……」
そんなことを言っていると、彼女の腕がぴくっ、と動いた。
「……?」
それに気づいた彼女が後ろを見ると、“それ”は居た。
その青白い肌は、全く生気を感じられないが、その見てくれは、完全に人間の幼い男子のものだった。
「まさか……幽霊?」
そう
「……はぁ。仕方ない。放ってもおけないか」
やれやれという仕草をしつつ、橋の下へエインが行ってみると、その“幽霊”は地面にうずくまっていた。
「……お姉ちゃん、僕の事が見えてるんでしょ?」
「見えてるわよ」
「じゃあやっぱり、“しにがみ”のお迎えなんだね……」
驚いた、と言いたげな顔をする
「……は?」
「だってパパとママが言ってたもん。悪い子は死んだ後に“しにがみ”が来るんだぞって」
「じゃあ、良い子はどうなるのよ」
「良い子のところには、”てんし”さまが来るって言ってた……」
それを聞いたエインは、はぁ、とため息をついた……かと思うと。
「キミ、何か悪いことをしたの?」
その“少年幽霊”の前に行き、座り込んで話し始めた。傍から見れば変なヤツだが、橋の下なので誰にも見えないだろう。
「退屈だったから、ここに来た人に……いたずらとか……したし」
「なによそれ。いたずら程度で死神に来られちゃおしまいでしょ」
「……よく分かんない」
「あのねぇ。……要は、キミの所に来るのは死神じゃなくて天使だってこと」
そう言うと、少年が顔を上げる。
「ほんとうに?」
「ま、私は嘘が嫌いなのよ」
「そうなんだね……。そうなんだ……!」
良かったぁ、と胸を撫で下ろす少年幽霊。
「なら……」
「あ、あの! お姉ちゃん!」
「……何よ」
少年の提案は、彼女にとって意外なものであった。
「お迎えが来る前に、たくさん遊んでほしいなぁ……って」
・
・
・
「お姉ちゃん! ボール取るの上手だね!」
「ぜぇ……はぁ……。キミもね……」
幽霊を”浄化”するために少年と接触したはずの天束エインは、いつの間にか──彼とキャッチボールをしていた。
キャッチボールだけではない。様々な遊びに付き合わされた元天使の息は、完全に上がってしまっている。
「次は何でお姉ちゃんと遊ぼうかなー!」
そんなエインとは対照的に、元気が有り余ってウキウキな少年。
「今キャッチボールを始めたところなのに気が早いわね。もうオニ……ごっこ? もカクレ……ンボもやったじゃない」
「だって、誰かと遊ぶのって久しぶりだから!」
そんな喜ぶ少年を見ていると、彼女も何も言えないようだ。
「全く。ここまで来たらとことん付き合ってあげるわよ」
そう彼女が言った途端、少年がボールを取れずに落としてしまう。
「どうしたの……って」
少年の腕を見ると、右手の手首から先がすっかり”消えて”しまっていた。
「あ──お姉ちゃん、ごめんね。もうお別れみたい」
「ぼく、何となく分かるんだ。お迎えが来るまで後どれくらいなんだろうって」
「だから、お姉ちゃんに遊んでもらえて、楽しかったなぁ」
少年の幽霊は無邪気に笑い、
「ありがとうございました。やさしい天使のお姉ちゃん」
彼女は消えゆく少年へ手を伸ばす。
「あ……待って」
その手を伸ばした先には、もう彼の魂が霧散した後の光の粒しか残っていなかった。──と。次の瞬間。
「何!?」
低い唸り声のようなものが、彼女の耳に飛び込んできた──。
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