【真説・東京神話】
時は「エド」と称された時代。とある街では、次の【神】を選ぶ儀式が執り行われていた。候補者は男女2人。2人はゆっくりと大人達に囲まれて祭壇らしき場所へと向かっていく。男女2人はとある場所にたどり着くと、その場に座り込んで頭を下げた。2人の目の前に立つのは、たったひとりの無垢な少女。彼女は表情を変えることなく、じっと2人を見つめている。そして少し間を開けた後に、ゆっくりと指を指した。
───候補者2人、ではない全く別の人間を。
◆
無垢な少女の異例の御指名により、【神】として選ばれてしまった人間。それはたまたま儀式を取材しに来ていた1人の音楽家であった。音楽家は少女に真っ直ぐに見つめられ、かつ指をさされた時、一気に全身の血が引くのを感じた。この神聖な儀式において、本来の候補者である男女2人からではなく、全く無関係の余所者が、どういう訳か選ばれてしまったのだから。当然場は騒然とした。
「みこさま……本当に良いのですか? あの者はよそ者であります。それに、次の【神】に器たり得る者であれば、貴方様の御前におりますでしょう」
みこさま、と呼ばれた少女に付き人らしき者が口を開く。しかし少女は真っ直ぐに音楽家を見つめていて、動く気配すら見せない。それどころか機械的に口を開いて
「あれがつぎのかみ。きまり」
そう答える。まるでそれは、この言葉に逆らうのであれば誰であろうと殺す───と、圧をかけているようでもある。だが音楽家は青ざめた顔で首を横に振り続けるだけ。それに納得がいかない候補者の女は、伏せていた頭を上げて声を荒らげる。
「何故ですみこさま! 私たちは次の神になるべく、この地に生まれ、そしてこの地でこれまで修行を積んできたのですよ! 何故、あのような余所者をお選びになるのですか!」
荒ぶる女を鎮めようと、もう1人の候補者が力づくでおさえつけるが、少女の別の付き人が、す、と手で制する。
「みこさまの御前である。下品な口を慎め」
ぴしゃりと言われれば、女は不満げに引き下がった。その場を鎮めた付き人は、そのままゆっくりと腕をのばし、たった今少女によって指名された音楽家に向かってこちらへこい、と言うように手招きをする。勿論音楽家は首を横に振り、そちらにはいけない、と声を発さずに答えた。だが、付き人はこちらへこいと手招きを続けている。まるでこちらに来るまでこの場は動かない、とも言っているようだ。そして何より恐ろしいのは、いつの間にかこの場の全員の視線という視線が、音楽家へと向けられていること。底知れぬ恐怖の中に放り込まれた音楽家は、震える足でゆっくり、ゆっくりと祭壇へと向かっていく。
そうしてみこさまと呼ばれる少女の目の前に立たされると、少女はやはり音楽家を指さして
「おまえが つぎの かみ」
と、まるで鈴を鳴らすように言った。瞬間、音楽家の体は突如として、ぐにゃりと物理的に曲げられた。音楽家の背後から、候補者であった女が腹の当たりを目掛けて引っ付かみ、ぐいと思い切り後ろへ引っ張ったのだ。そして倒れたところを女は馬乗りになり、ひたすらにぐぅと首元を力一杯に締め付ける。あまりの苦しさに、音楽家は足をばたつかせ、震える手で女の手首を残っている力で引っ掻いた。しかしそんなものは女には効かず、奇声を上げながらさらに力を込めて首を締め付けた。
「貴様! こんな事が許されると思っているのか! 死ね! 余所者!」
辛うじてききとれた言葉はそれくらいのもので、それ以外は何の意味も為さない奇声そのもの。音楽家はただただそれから逃れようと暴れるだけ。候補者の男は女を止めようとして羽交い締めにかかるが、不意に素肌が顕になっている手が女の口元に来てしまい、それを思いっきり噛みつかれてしまったので、役立たずで終わってしまった。
しかし、それを静かに見つめていた少女が、からん、と言葉を紡いだ。
「あなた は かみ か?」
その問いに、女は叫んだ。
「────私が【神】だ!!」
瞬間、女の顔がぐにゃりと変形した。それはまるで馬面のような、牛のような顔。それに伴い、音楽家の首を締め付けていた手もぐにゃりと歪み始める。次第に人間の形を崩していき、最後には醜い化け物へと変わり果てた。
「ひっ」
どうにか逃れることが出来た音楽家は、化け物に変わり果てた女だったものをまともに認識してしまい、さらに体を強ばらせた。これには付き人達もざわつき始め、自らの身を守るために予め用意していた札を化け物に投げつけた。それは化け物に触れた瞬間に、バチチ、と爆ぜたような音を立てて消えていく。化け物にとってはかなり痛いのか、聞くに絶えない奇声を上げながらその場に力なく倒れた。どしゃ、と重い音が鳴る。
恐怖に震える体をおさえつけるように、音楽家は自らの両手で自らの肩を抱く。それを気にする素振りを見せずに、少女は音楽家の目の前にたち、また指をさした。
「あなた は かみ だ」
そう、少女によって決めつけられた瞬間、音楽家の体に変化が起こった。それまで短く切りそろえられていた髪の毛は、白く染まりきって尋常じゃないほどに伸び、着用していた洋服は繊維も解けて全く別の衣服に作り変わる。まるで大衆が思いつくような、かみさまの姿に変わった音楽家だったものは、呆然と少女を見つめる。
「技術の神が慌て出す東京神話は、ここから始まる」
少女は水のように言葉を紡ぐと、すこしだけニヤリと笑ってまた口を開く。
「二柱ありきのエドはもう終わりだ。若い芽を摘み、出る杭を打つ技術の神共に、魅惑のときめきを与えてやるといい」
そこまで言い終えると、満足したかのように少女は消えていった。それどころか、周りにあったはずの物や人々も消え果てている。かつて音楽家であったかみさまは1人取り残されたその場所で震えながら呟いた。
「……私は、ただ、音楽をしたかっただけ。次の音楽の為の……刺激のために来てたのに……」
次回作のインスピレーションの為に儀式の取材に来ていたはずなのに、いつの間にか次の神に選ばれ、殺されかけ、そして無理やり神へと至らされた。どうして、こんなことになってしまったのだろう。神様になるなんて、思いもしなかった。この先どんなことが待っているのだろう。次の神はまた恐怖に震える。
「ただ……音楽が好きなだけだったのに」
次の神は、愛していた音楽を思い、未だ1人で涙を流し続けている。
◆
「……これが、真説・東京神話」
ひとつの本を読み終えた少年は、その本を物憂げな表情で棚に戻す。今なお語り継がれている神話、東京神話の真なる話が、ひとりの神によって描かれたものだ。それはかの技術の神でもなく、少女によるものでもなく、巻き込まれてしまった不運な音楽家だったもの。神と成った音楽家は、いつか全く知らない誰かに真実が伝わるように、長い時間をかけて書き連ねていたらしい。
「それまで候補者二柱の神で成り立っていた【エド】が、たったひとりの神によって東京へと姿を変えて……そこから東京神話が始まったというわけか」
【エド】の神は地域差があったと言うから、ひとつにまとめて管理しやすくしたのも狙いのひとつだったのだろうか。少年はそう考えて、外を見つめる。
「……まだ、東京について詳しく調べる必要がありそうだな」
そう言うと、少年はパーカーを脱いで部屋を出る。
その体には、無数の【神】を象徴する刺青が彫り込まれていた。
終
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