第二章:灰色画布と色の覇王

3-01.花の冠

「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 ……あれ?


「あらあら、元気な泣き声でちゅねぇ」


 ……なにこれ。

 ウチ、なんで、泣いてるんだっけ?


「イーロン、どうしたの? お腹が空きましたか?」


 ……えっと、この人、だれ?

 おかしいな。何か、大事なこと、忘れてるみたいだ。


 ──


「のぇぁ」

「ん-? なんですかー?」


 ……まあ、いっか。



 *  *  *



 ウチは五歳になった。

 何とビックリ、大好きなゲームの悪役に転生。


 直前までのことは少しも思い出せない。

 分かるのは、ウチが「坂東いろは」という存在だったことだけ。


 まあ、細かいことは気にしない。

 今のウチはとっても幸せだからね。


 例えばママはウチにゲロ甘。

 ウチもママが大好き。毎日一緒に寝てる。


 今はママと一緒に長い廊下を歩いてる。

 ここは「バーグ」という家で、いわゆる貴族だ。お金持ち。

 

「イッくん、今からお客さんが来ますよ」

「お客さま?」


 ママが窓の外を見ながら言った。

 

「……お貴族さま?」


 馬車が入ってきた。

 まずは黒い服の大人が降りて、最後に一人の女の子が降りた。


「ママは大人の話をします。イッくんは、あの子と遊んでいてください」

「はーい」


 ウチは元気に返事をした。

 あの子、同じくらいの歳かな?


 えへへ、楽しみ。

 この世界に生まれてから、家族以外に人と話すのは初めてだよ。



 *  *  *



 バーグ家の中心にあるお庭。

 花とか、なんか色々ある場所。


 ウチはノエルと手を繋ぎ、てくてく歩いていた。


「イッくん様、今日は良い天気ですね」

「うん、そうだね」


 金髪碧眼。ぷりっとした頬。

 天使みたいに可愛らしい女の子だ。


 でも、しっかりしてる。

 同じ五歳って聞いたけど、とてもそうは思えないよ。


「イッくん様、キスしましょう」

「うん、そうだね」

「うふふ、冗談ですよ……え、いいんですか!?」


 あれ、ウチ何か変なこと言ったかな?

 いつもママがほっぺにチュウしてくるけど……。


「……本当にしますよ? 取り消すなら今ですよ?」


 ノエルはウチに顔を近づけていった。

 なんか目が血走ってる。めっちゃ怖い。


「ちゅ」


 ウチはノエルの頬にキスをした。

 多分、この世界では挨拶みたいな感じだ。


「はゎぁ~」

「ノエル!?」


 倒れちゃった。

 ウチは咄嗟に彼女を支える。


「ごめん、嫌だった?」

「……しゃぁせぇぇ(※幸せ)」


 どういうリアクション!?

 ええっと……とりあえず、幸せそうな表情だから大丈夫かな?


「あっちの長椅子まで運ぶね」

「……はにゃ~」


 わぁ、かわいい。

 そんなにキスが嬉しかったのかな? ただの挨拶なのにね。


「はっ!?」


 ノエルが我に返った。


「イケません! イッくん様のお手を煩わせるなど!」


 ノエルが何だか大袈裟なことを言った。


「むしろわたくしが運びます。さぁ、わたくしに抱きついてください!」


 それは無理じゃないかな……?

 一応、ウチの方が十センチくらい大きい。


 小さい頃は女の子の方が大きいと本で読んだから、ノエルは小柄みたいだ。ウチが大きい可能性もあるけど……とりあえず、こんな子に負担はかけられない。


「手を煩わせるなんて、それは僕の台詞だよ」


 ノエルはポカンとした。


「……あの、それは、どういう意味でしょうか?」


 べつに深い意味は無いけど……。

 でも、今日ずっとノエルがリードしてくれてるからね。


「僕は、ノエルに助けられてばっかりだ」

「……っ!?」


 そんなに驚くことかな?


「……まさか。いえ、でも、そんなはず」


 何か呟いてる。

 その意味を考えている時、ふと目の前を蝶々が横切った。


「……お花」


 蝶々が止まった先は、綺麗な白い花。

 理由は分からない。ただ、その花がノエルに似合うような気がした。


「ちょっと待ってて」


 ウチは花の方に移動する。

 それから花壇の破壊者となって、白い花だけで冠を作った。


「はい、プレゼント」


 ノエルはぽかんと口を開けた。

 そして──大きな瞳から大粒の涙が零れた。


「うぇっ、ごめん、嫌だった!?」

「違うのです!」


 ノエルはぺたんと座り込み、両手で顔を隠した。


「……嫌なわけ、ありません」


 そして、声を震わせながら言う。


「……ノエルは、あまりにも、あまりにも幸せです」


 感情表現が豊かだなぁ。

 でも、喜んでくれたなら良かった。


「ハンカチ、使う?」

「……づがいまずぅ!」


 あはは、本当に面白い子だ。

 ノエルと会えるのは今日だけなのかな? それは寂しい。これからも、友達として何度も遊びたいと思えるくらいだよ。


 ……友達、かぁ。

 そんな風に言える人、前世には居なかった。


 ノエルがそうなってくれたら、とっても嬉しいな。



 *  翌日  *



「イッくん、ご報告があります」


 食堂。

 ママが言った。


「ノエル、挨拶しなさい」

「はい!」


 ママの隣にはノエルが立っている。


「ノエルです! バーグ家の子になりました! よろしくお願いします!」


 ……えぇぇ?

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