2-11.慟哭

 繰り返す。繰り返す。

 ゲームをプレイしていた頃と同じように、何度も何度も同じ時を繰り返した。


 一度として同じ結果は得られなかった。

 その代わり、ウチは多くのことを知った。


 この世界には二つの勢力がある。


 ムッチッチ大陸を支配する王国。

 そしてウリナテキゴ大陸を支配する魔導国。


 魔導国に歯向かう「楽園」は、烏合の衆だ。

 勢力として数えるのも馬鹿らしい程に脆弱である。


 しかし確かな才能の原石が所属している。

 スカーレット、アクア、ライム。この三人は必ず手に入れたい。


 グレンは……運用が難しい。

 最も重要なのはノエルなんだけど……あれ以来、一度も味方にできていない。

 

 何が違うのだろうか。

 どれだけ最初の自分を演じても、幼いノエルから花の冠を貰うことができない。


 繰り返す。繰り返す。

 坂東いろはという存在が自分の中から消え去る程に、何度も何度も繰り返した。


 そのうち目的を見失った。

 自分が何の為に繰り返しているのか分からなくなった。


 最初は……そうだ、母上さまを助ける為に。

 ほんの少し……灰色画布の結成くらいまで戻るだけで良かった。


 でもバーグ家の秘術は必ず赤ちゃんに戻る。

 ウチは新しい人生を歩む度に大きな失敗をして、また赤ちゃんに戻った。


 ……そっか。


 そのうち気が付いた。


 ……こんなズル、ダメだったんだ。


 いつの間にか秘術を使うことが当たり前になっている。

 何か耐え難い失敗をする度、ウチはその人生を捨てた。


 ウチは、がんばることを、やめていた。



「──また、こうなっちゃった」



 燃える王都。降り注ぐ灰の雨。

 ウチは崩れた建造物の上に立ち、ぼんやりと周囲を見ていた。


 もはや何も感じない。

 ただ、徒労感だけがある。


「……疲れたぁ」


 なんだっけ。

 ウチには、やりたいことがあったはずだ。


「……今日」


 真っ白になった頭に、ふと言葉が浮かび上がった。


「……今日を、明日に持ち込むこと」


 呟いた後、その言葉がじんわりと全身に染み渡る。

 乾いた心を一滴の雫で濡らしたみたいに、霞がかった頭が少しだけ晴れた。


「……やり直したい」


 前世のウチには記憶障害があった。

 どれだけ努力しても、その経験を明日に持ち込むことができない。だから、努力をセーブできるゲームが大好きだった。


 イーロン・バーグになったウチは、今日を明日に持ち込めるようになった。多分、その時点でウチの願い事は叶っていた。だから次に願ったのは、普通に生きること。ずっと憧れるだけだった普通の生活をすること。


 例えば、友達と会話したい。

 昔のことを思い出して笑い合ったり、明日の約束をしたり……そういう、当たり前のことができるだけで良かった。


「……グレイ・キャンバス」


 ふと思い出す。それは、ほんの一時だけ楽しく過ごせた日々のこと。

 ノエルが陰謀論を口にして、皆がそれに合わせて、ウチのことをボス的な存在として扱って……今にして思えば、ウチだけが何も知らない組織だった。でも、あの時間は本当に楽しかった。


「……もう一度」


 スカーレットと普通の友達みたいに遊びたい。

 アクアと一緒に生命の真理について語り合いたい。

 ライム……なんか特殊な趣味を持ってるけど、それでも一緒に居て楽しかった。


「……ノエル」


 思えば、彼女が一番近くに居た。

 だけど今は……彼女が、一番遠い。


「呼びましたか?」


 ……


「お久し振りです。イロハ様」


 ウチは顔を上げた。

 何度も何度も目を擦った。


「逢いたくて、来ちゃいました」


 何を言っているのか分からない。

 この時間軸のノエルは、とっくに死んでるはずだ。


「イッくん様とお呼びした方が良いですか?」

「……花の、冠」


 ウチは「あのノエル」しか知らないはずの言葉を口にした。


「懐かしい。今のわたくしならば、金の冠を差し上げることも可能ですよ」

「……ノエル、なの?」

「はい。ノエルですよ」


 彼女は柔らかく微笑んだ。

 その様子を見て、ふと違和感を覚える。


 容姿は変わっていない。

 純白の瞳と、白銀の長髪。


 だけど、この魔力……


「ノエル、今いくつ?」


 ノエルはウチの唇に指先を当てた。


「イッくん様、女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」

「……ごめん」


 ノエルはイタズラを成功させた子供みたいに笑う。


「バーグ家の秘術を解き明かす為に、随分と時間が掛かってしまいました」


 昔のウチだったら、きっと何も分からなかった。

 でも今のウチには彼女が言ったことの意味が分かる。


「……なんで?」


 途方もない時間をかけたに違いない。

 再びウチと出会う為だけに、ノエルは、何年も、何年も……。


「ここに来る為に、イッくん様が繰り返した世界のわたくしと記憶を共有しました」


 ノエルは言う。


「全部で二万回弱。楽しいことも沢山ありました。でも、それを全部足しても、足りないんです。イッくん様がくれた幸せを取り戻したくて、頑張っちゃいました」

「違う」


 ウチは否定する。


「偶然だよ。ウチは何も知らなかった。何も、知らなかったんだよ」

「……そうなんですか?」

「そうだよ。王国のことも、魔導国のことも、いずれ魔王が復活することも、全部、知らなかった。偶然、なんか良い感じになった。それだけだった!」


 違う。違う。こんな話はどうでも良い。

 もうダメだ。訳が分からない。母上さまの死を目にした瞬間からずっと、悪い夢を見ているみたいだ。


「イッくん様」


 ノエルは、そっとウチの頬に触れた。

 たったそれだけで、心が軽くなった。

 

「何か、やりたいことはありますか?」

「……もう一度、皆に会いたい」


 自然とその言葉が出た。


「王国の野望も、魔導国の陰謀も、全部どうでも良い。グレイ・キャンバスの皆と、普通に、ただただ、楽しく過ごしたい!」


 ノエルはにっこりと笑う。


「分かりました」


 そして、ウチに「秘術」を施した。


「全て、ノエルにお任せください」

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