3-02.面接

 ノエルがバーグ家に訪れた日のこと。

 子供たちが遊ぶ裏側で、大人達はお金の話をしていた。


「どうですかバーグさん。中々に将来性のある子供ですよ」


 ノエルを連れて来た小太りの男は、嬉しそうな顔で言った。

 外出中の夫に代わって対応するリリエラ・バーグは、渋い表情を見せる。


(……ただの奴隷商人かしら? しかし、あの子は黒髪ではない)


 子供を買いませんか、という話は珍しいことではない。

 普通の貴族ならば「いつものこと」で済ませるイベントだが、リリエラ・バーグは違う。バーグ家の人間として、相手が秘密を探る者か否か考える必要がある。


 最も安全なのは、そもそも相手を家に招かないこと。

 しかし彼女は交渉を受けることにした。理由は息子に友達を作る為である。


 表向き、バーグ家は地位向上を目指す健気な田舎貴族である。

 だが実態は、先祖代々受け継がれる「真実」と「秘術」を継承し、守り続ける家。


(……でも息子の方が大事です)


 先祖達の想いを全て踏み躙るリスクよりも、息子の笑顔を選びたい。

 彼女は、それはもう、子煩悩な母親なのであった。


(……どちらにせよ、まずは面接でしょうか)


 売り手の者達は未だにアピールを続けている。

 しかし、リリエラはその内容に全く興味が無い。

 大切なのは、あの子供が息子に相応しいか否か、その一点だけである。


 そして小一時間ほど経った後、二人きりの面接が始まった。



 *   *   *



「わたくしは、バーグ家の秘術を知っています」


 開口一番、ノエルはとんでもないことを言った。


「遥か未来でイッくん様に多大なる恩を受け、それを返す為に舞い戻りました」

「……ちょっと、待ちなさい」


 リリエラは眩暈を感じた。

 この展開は、全く予想していなかった。


「……」


 魔力を集中させ、周囲を探る。

 部屋の外に使用人が立っているだけで、どうやら盗聴の心配はなさそうだ。


「一度だけ聞きます」


 リリエラは呼吸を整える。

 あまりにもノエルの発言が唐突である為、彼女はまだ理解できていない。


「あなたは、バーグ家の秘術を知っているのですか?」

「はい! 時戻りの秘術と、それから《コード表》ですよね!」

「……あなたは、それをどこで知ったの?」

「未来です」


 リリエラは絶句した。

 真っ先に噓の可能性を考えるけれど、その噓で得られるメリットが分からない。


「……あなたの目的は、なに?」

「イッくん様の願いを叶えることです!」


 リリエラはノエルを睨み付ける。

 そして、とても低い声で言った。


「息子の願い? なんですか、それは」

「普通に、楽しく生きることです!」


 リリエラは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 そして、息子が「楽しく生きたいなぁ」と呟いていたことを思い出した。


「……まさか、本当に?」


 ノエルの言葉を信じ始めた。

 子供にしては喋り方が流暢であり、そもそも、こんな噓を吐く理由が無い。


 ……まだよ。リリエラ・バーグ。

 しかし彼女は自分自身に言い聞かせる。


 巧妙な噓である可能性は否定できない。

 軽率な判断によって、バーグ家が守り続けていたモノを壊すわけにはいかない。


「あなたは、息子のことが好きなの?」

「愛しております」

「どの程度、愛しているの?」

「わたくしの全てを捧げても良いと思える程に」

「息子の好きなところを言いなさい」

「分かりました」


 ノエルは息を吸い込む。

 そして、思わずリリエラが「もう結構です!」と止めるまで語り続けた。


 かくして、ノエルはバーグ家の子供になったのだった。


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