世界でいちばん、密室の愛。 Ⅰ
実瑠。私の密室で芽吹いた、貴方の形をした命を、私はこれからも愛しています。
きっと、誰からも理解されない私の愛。誰にも伝わらない、たった一つの私の答え。
ーーそれは、授かった命を、堕ろす事でした。
狂愛なんかではないのです。これは、私が考えに考えを重ねて出来た、たった一つの正しさでした。
怒鳴り声ばかり覚えているお母さん、吐き捨てて去った未亜、私を愛してくれた大和。
家族を知り、友達を知り、そして、それらのあるべき形を知った私は、永遠に脅かされることのない幸せを、ずっと探していたんです。
生まれてくるはずの実瑠には、私のように苦しんでほしく無かった。
だから、どういう育て方をすれば、実瑠が真っ当に生きられるのか、私は考えていました。
実瑠を操りたかった訳ではありません。実瑠が挑戦してみたいと言った事は何でもサポートし、実瑠の悲しむ事には力になろうと思っていた。
実瑠を信用していなかった、そう思われてしまうかも知れませんが、それは違います。
私はただ、この世界が不条理に揉まれている事を十二分に知ってしまっていただけなのです。
大人になった私でさえ今を生きるのに苦労しているのに、未熟な実瑠に何か悪い影響があったらーー例えばそれが一生残る傷跡になれば。それを考えれば、私は居ても立っても居られませんでした。
そして、気付いたのです。
生きている限り、私たちは苦しまずにはいられないのだと。
その苦しさは、死んだ方がマシだと思わんばかりのものもあるということ。
ふと、「生まれてこなければ良かった」という未亜の声が脳内で再生されました。大人になった私の中で語る未亜は、制服を着たあの頃のままでした。
今の私には、私の中に眠る実瑠がひどく重たくなったように思いました。
それでも、私は考えを止めませんでした。実瑠には絶対に私と同じような思いなんてさせやしない。実瑠は責任を持って私が幸せにする。そのために、私は何に気を配れば良いのか、何日も何日も熟考しました。
暴力を振るう事はしないでおこう。
声を荒げるんじゃなくて話を聞いてあげよう。
少なからず挫折の経験も大事だから、予防策を張りすぎる事はしないでおこう。
実瑠が子供だとしても、一人の人間として向き合おう。
聞かれた事は答えられる母親でいよう。
世の中の暗い部分を嘘で隠す事はやめよう。
何もかもを教えるのではなく、学び方を教えてあげよう。
無理に学校に行かせることよりも、実瑠がやりたい事を素直に応援しよう。
私は沢山考えました。そして、暴力を受け育った私が、実瑠に暴力を振るわない確信はどこにも無いことに気付きました。
私がいくら実瑠の事を思って、私の思う正しい親でいたとして、私はいつか自分の母親のようになるかも知れない。そしたら、実瑠は。
そんな不安、先の見えない不確実さが、私を揺らがせました。脳裏には薬に溺れ泣く高校生の自分が居ました。
ーー苦しい人生を歩ませたくないといくら思っていたって、苦しい人生を歩ませようとしているのは私なのかも知れない。ならば、この命は。
それが、私の最後の答えでした。
実瑠。それでも、貴方を生かしてあげられなくて、ごめんね。
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