愛に殺された私たちは。 Ⅱ

 実瑠。貴方を授かったのは、私が大学を中退してからです。大学を辞めて、中小企業で事務作業をしていた私は、夜のネオンの下で、運命的な出会いを果たしました。

 それは、未亜との幸福論を裏切るようなものでした。未亜も私も両親との折り合いは悪く、私たちの掲げる幸せの中に、「家族の温かさ」は入っていなかったからです。

 

 それでも、私は初めて人の体温を知りました。嫌な温さで、それでいて柔らかくて、どこか脆いそれに、しかし惹かれている自分がいるのは確かでした。

 

 幸せだったのです。親友でも、家族でもない、肌の温度から始まった恋愛が。


 目が覚めたら隣に温度があって、歯ブラシは二本になって、寒くても孤独ではなくて。

 これが愛のあるべき形なんだと知った私は、それと同時に、今までの幸福論が戯言だったことを理解しました。

 ただ、「生まれて来なければよかった」という未亜の言葉だけは、私の脳裏に焼き付いて離れませんでした。


 まるで、何かの呪いのように。




 それでも私は、過去の幸福論が過去のものでしかない事を理解していました。考え方はきっと私と共に変わっていくのだ、と。だから、私の幸せが家族の温度になっても、私はそれを肯定していました。


 大和という名前の彼は、私と幸せな家庭を築こうと言ってくれました。きっとそれも後押ししたのでしょう。寂れた幸福論なんかを語るより、私は大和と、新しい命の事を考える毎日が幸せでした。




 大和は良い人でした。私の意見を否定することのない、とても出来た人でした。出会いのきっかけこそ夜の繁華街でしたが、彼の普段は真面目で気遣いの出来る、素晴らしい夫だったのです。

 私が新しい命を授かった事もあり、私たちは籍を入れました。


 幸せでした。これ以上ないくらい、幸せでした。

 幸福論について考えるのを忘れてしまうくらいには、充実していて、輝いていました。


 朝日を見て恨めしいと思わなくなり、穏やかな気持ちで家事を進めていきました。感情が不安定になっているということに自分で気付いていたので、出来るだけ予防線を張りました。大和は私の事を何でも受け入れてくれました。



 私たちは、新たに芽生えた命を、実瑠と名前を付けました。


 




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