第6話

 思えば、初恋だった。

 淡い淡い、初恋。



「遥〜!」


 神社の石階段の1番上から、龍太郎が手を振る。


「りゅーちゃん!」


 私は手を振り返し、龍太郎に追いつこうと階段を駆け上がる。

 小学生の私にとっては、放課後、2人だけでやる学校の裏山探検だけが楽しみだった。


 

 私と龍太郎は物心ついた頃からずっと一緒にいた。

 勿論親同士も仲が良く、家族ぐるみの付き合いだった。

 そんな関係でいると、成長していくにつれ最も近くに居る異性を意識するのは当然の事だろう。

 もっとも、向こうが私の事をどう思っているのかは知る由もなかったけど。


 私は当時、龍太郎の事が好き

 色んな小説とかにも幼なじみは主人公と親しい関係になっていたし、私と龍太郎もそうだろうと、当たり前に思っていた。


 そんな気持ちが覆ったのは中学1年生の時。

 私は2つ年上の先輩を好きになった。

 一目惚れだった。

 細い切れ長の瞳に、襟足まで伸ばした長い髪。

 目にはいつも隈が出来ていて、良くない噂も沢山聴いた。

 周りの友達や、もちろん龍太郎にも、あいつはやめておけと止められた。

 それでも私は、神谷かみや まこと先輩に恋をした、してしまった。




「遥ちゃん、今日こそは家においでよ。絶対楽しませるからさ。ね?」


 神谷先輩が、私の肩に手を回しながらそう言った。

 

「あ、いや、今日は…」


 私が先輩の手を振りほどきながら歯切れの悪い返事をすると、先輩はいつもこちらを睨み、低い声で尋ねる。


「またあの幼馴染君?」

「は、はい…すみません…」


 先輩は軽く舌打ちをすると、いつも胸ポケットに入れている煙草に火をつけた。


 先輩は私の体を狙っている。

 でも、私は先輩の事を好きだし、先輩も私の事を好きなはず。

 だったら、恋人同士だし、になっても、別に良いと思っていた。



「いいわけないだろ!」


 私と龍太郎2人の裏山探検にて、私の話を聞いた龍太郎は叫んだ。


「だってさぁ〜…」


 私は口を尖らせながら話す。


 その様子を見ていた龍太郎は、


「もっと自分を大事にしないと。」


 とつぶやき、私より数歩先に出た。


「今日も、神谷先輩に家に誘われたのか?」

「うん。絶対後悔させないからって…」


 私は地面の落ち葉を蹴りあげながら、そう言った。


「はぁーっ、りゅーちゃんが先輩くらいかっこよかったら、りゅーちゃんの事好きになってたのにな。」


 いつもの冗談のつもりで言った。

 龍太郎が突っ込んでくれるだろうと私が待っても、龍太郎は一向に何も言わない、変な空気になってしまった。

 怒らせたかと不安になった私が、


「ちょっと、りゅーちゃん?」


 とそう言いかけた時、龍太郎は突然走り出し、いつもの神社の階段を駆け上がった。

 1番上についた龍太郎はこっちを振り向いた。


 私もいつものように龍太郎に着いていこうとすると、


「遥、もう2人で会うのやめよう。」


 いきなり、そう言い出した。

 夏の暑さでヘトヘトになり、よく聞こえなかった、聞こえないフリをしたかった私は、


「りゅーちゃん、今なんて…?」


 と聞き直す。

 龍太郎はいつも私に向けるような笑顔のまま


「これからは、他人どうしだ。」


 そう、はっきり吐き捨てた。


「ちょっと、何でよ。いきなりどうしたの?」

「別にどうもしてねぇよ。ただ、彼氏がいる女子と2人きりで遊ぶなんてどうかとおもってな。」


 そう答える龍太郎の目は遠くを見つめて居て、どこか寂しそうだった。


「ちょっと、いきなりどうしちゃったの?そんなの今まで無かったじゃない!」


 私の声が、自分でも驚く程に荒ぶる。


「別に今に始まったことじゃない、前々からずっと思ってたんだ。」


 とにかく、と龍太郎は咳払いをし、


「これからは、もう他人どうしだ。」


 そう呟いた。


「ねぇ、さっき言っちゃったことは謝るから、そんな悲しいこと言わないで!もう友達じゃないなんて…!」


 そんな私の叫びに応じることなく、龍太郎は境内の奥に消えた。

 それからの記憶は、あまり残っていない。

 残っているのはとても暑かったこと、セミがうるさかったこと、私が馬乗りになり、龍太郎を泣きながら殴っていたことだった。


 私は多分、龍太郎に助けて欲しかったんだと思う。

 心のどこかでは思っていた、

 好きなのに、体を触らせたくない。

 そんな矛盾を、誰かに受け入れて欲しくて…いや、正して欲しくて、龍太郎に期待をしすぎてしまっていたのかもしれない。



 それから、私は龍太郎と一切話すことなく1年間を過ごした。

 私はそれからも先輩と付き合い続け、先輩の卒業式を迎えた。


「…先輩、おめでとうございます。」


 誰もいない校舎裏、私が花束を先輩に送る。


「ん、ありがと。」


 先輩はいつもとは違い、神妙な面持ちで花束を受け取る。


「すみません、何もプレゼントとか用意してないんですけど…」

「いや、いいよ。その代わり俺の言うことを1個だけ聞いてくれないかな?」

「先輩の言うこと…ですか?」

「そー。」


 先輩は、私の体を舐めまわすように見た後、いつものニヤケ面を作る。


「そろそろヤらせてよ。」


 先輩が私の肩を強く掴む。


「ひ…っ!やめてください!」


 私は必死に抵抗したけど、やっぱり先輩には勝てなかった。

 私は校舎の壁に叩き付けられ、その拍子に頭を打ってしまった。

 先輩はカチャカチャとベルトを外しながら淡々と呟く。


「実際さ、もっと早くにヤれるはずだったんだよ。

 ほら、遥ちゃんかわいいし、スタイルもいいからさ。」

「でも、駄目だった。正直、こんなに遥ちゃんがガード固いなんて思いもしなかったよ。それもこれも、全部遥ちゃんの幼馴染君が止めてたんだろうけど。あの子も可哀想だよね、折角の可愛い幼馴染が、こんなクズに取られるなんてさ。馬鹿な奴だよ。」


 確かに龍太郎は馬鹿な奴だ。

 やることは子供っぽいし、いつも私の先を行っては私が運動できないことをバカにしてくる。

 でも、いつも優しかった。

 きっとあの時、龍太郎の忠告を聞いていれば、こんな事にはならなかっだろう。

 そんな自慢の幼馴染をけなされた事にムカついて、朦朧とした意識のまま、思わず先輩を突き飛ばしてしまった。


「痛…っ。ねぇ、何してくれてんの?」


 先輩の顔は、今までに無いほど歪んでいて、今にも爆発しそうな程に怒っていた。

 私はその雰囲気に押されて、腰を抜かしてその場にへたりこんでしまった。

 先輩は私の顎を上げ、強引に唇を近づけようとする。


 だめだ、もう助からない。

 そう思って泣きながら目を瞑った時、彼が来た。

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