第4話
授業も終わり放課後、そろそろ帰るかと荷物をまとめ出した時、不意に颯太から声を掛けられた。
「龍太郎、今日暇か?」
「ん?あぁ、暇だけど?」
「よし」
颯太は後ろにいた渡辺さんと目配せをして軽く頷き、こちらを向き直す。
「龍太郎、今日どっか遊び行かね?」
なんだ、改まって言うから何事かと思えば遊びの誘いか。
何を言われるかドキドキしていた俺はほっとして、
「もちろん。どこ行く?」
と快く承諾。
「誰が来るの?」
「えーっと、俺とお前と夏海と…あ」
教室を見回していた颯太は、遥を視界に入れたところで動きを止める。
「おーい、遥?」
「んー?何ー?」
「今日遊びに行くんだけど来ねぇー?」
「もちろん行くけど、誰が来るの?」
「俺と夏海と遥と…」
そして颯太はまた俺の方を向き直し
「あと龍太郎だな。」
「龍太郎?!」
椅子に座っていた遥は突然ガタッと音を立てて立ち上がる。
その様子に教室は突然静まり返り一斉に遥に視線を送る。
少し気恥しそうになっている遥は軽く咳払いをしてこちらに近づいて来る。
「龍太郎、今日どこか行くの?」
「あぁ、誘われたからな。お前はどうすんだ?」
「えっ?!…じゃあ、行こうかな?」
「何で疑問形なんだよ。」
俺と遥の小競り合いの危険を察知した颯太は俺たちの会話を遮り、
「そうだなー、まぁ放課後であんまり時間もないしカラオケでも行くか?」
と提案する。
俺たちは特に何かしたかった訳でもないのでそういう方向で話が固まって行った。
カラオケに着いて何時間か歌った頃、俺はグラスの中身が無くなっていることに気づいてドリンクバーに席を立つ。
部屋を出るとさっきまで大音量の音楽を聞いていたせいか急に周りが静かになった気がした。
廊下の窓からは月が昇っており、時間が経つことの速さを実感する。
ドリンクバーにてジュースを注いでいると、遥がその俺の横に立つ。
「ん?遥、お前もジュース全部飲んだのか?」
「え、えぇ。」
遥はなぜかしどろもどろだ。
今朝から何か様子がおかしかったが、何かあったのだろうか。
「遥。」
「はいっ?!」
「何か、今朝からずっと変だけど、何かあったのか?」
遥のジュースを注いでいる手が不意に止まり、出てくるジュースがグラスから溢れ出そうになる。
よく見ると、遥の顔はなぜか耳まで真っ赤に染まり上がっていた。
「わ、私、そんなにおかしかった?」
「うん、今だっていつものお前なら何か突っかかってきてたじゃん。」
「はぁ?私そんなやばい女じゃありませんから!」
「いや、どう見てもお前はヤバい女だよ。」
ジュースを注ぎ終わった遥はこちらを向いて、交戦のポーズをとる。
カラオケの密閉空間と夏の暑さで、遥の首には一筋の汗が流れている。
俺はなぜかそれから目が離せずにいると、遥は急にこちらに向かって走り出し、俺の胸に頭突きをして、そのまま固まってしまった。
いきなりどうしたのか、という俺の問いかけにも一切答えない。
この妙な雰囲気にあてられて、俺の心臓の音もなぜか早まる。
遥はかすかに震えながら、
「龍太郎のせいだから」
と一言。
俺はそれが聞き取れずにもう1回言ってもらうように頼むが、遥はそれ以降全く話してくれない。
俺は密着したままの遥に手を回そうとして、直前でやめた。
もしこれが思わせぶりとかだとして、俺がまんまとそれにハマってしまったとしたら、俺が恥ずかしいからだ。
しかしこの無駄に長い沈黙を破る意味を込め、今俺が言うべきであろう言葉を遥に投げかける。
「遥、2人でカラオケ抜け出す?」
遥は俺の言葉に一瞬ビクッとして、何も言わずにコクリと頷く。
俺の胸は湿っていて、遥のシャンプーの香りであろう、シトラスの匂いが少しだけ染み付いていた。
俺と遥は2人に断り、代金を机に置いてカラオケを出た。
その時2人がニコニコしていた理由が全く分からないけど。
ドリンクバーでの出来事から遥は一言も喋っていない。
それは俺にあんなことをしてしまったのを恥ずかしがっているのか、いないのか。
俺は近くにあった小さい公園のベンチに遥を座らせ、遥の好きなカフェオレを近くの自販機で2つ買い、ひとつを遥かに手渡す。
遥は
「…ありがと。」
とカフェオレを手に取り、ちびちびと飲み始める。
それを見ながら俺も遥の隣に座り、大きく息を吸う。
今日は夏とはいえ涼しげな風が吹いて半袖だと少し寒いくらいだ。
風に吹かれて落ち葉はカラカラと音を立て、少し浮かんでは、沈んでいく。
ここには街灯が無いので、月明かりと外を走る車のヘッドライトだけが頼りだ。
しかしそれでも少し暗く、隣に座っている遥の表情が見えない。
遥はカフェオレを1口飲み、息を整えてから一言言った。
「ねぇ、気づいてる?」
「え?」
気づいていない、と言えば嘘になる。
さっき胸に飛び込まれた時も思わせぶりかもしれない、騙されているかもしれないと自分を説得し続けて来たが、俺の心はとっくに
遥は、俺のことが好きだ。
「うん、何となく。」
心臓の音がうるさい。
恐らく遥も同じだろう。
「…そう。」
遥が続ける。
「なら、この後は龍太郎が言ってよ。ね。」
遥がこちらを向く、しかし俺は遥の方を見ることなくただ遠くを見つめている。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………ねぇ、私の話聞いて――」
「ごめん。」
そう言ったのが先か、物凄い突風が吹いてきた。
それは俺たちの間を通り、後ろの枯葉を全て舞い上がらせ、全て地面に落とした。
俺は遥の方を向くことなく続ける。
「俺は、遥のことを友達だと思ってた。」
「…うん。」
「でも、今、俺がめっちゃドキドキしてるのも事実なんだ。」
「……うん。」
「だから、付き合えない……今は。」
「………そう。」
遥は俺の方をではなく、下を向く。
肩を震わせながら。
「龍太郎、
「うん、言った。」
「てことは、まだ付き合えるかもしれないから、私に龍太郎を好きなままで居て欲しいってこと?」
「……うん。」
「それって、キープってこと?」
「いやそういう訳じゃない、けど、そうなる。」
遥が大きくため息をつく。
俺がごめん、と言いかけるのを遮って遥は
「分かったわよ、キープされてあげるわ。」
「えっ?」
「その代わり、私の気が変わらない内に次はそっちから言ってきなさいよ。龍太郎の気持ちがどっちに傾いたとしても。」
「うん、絶対。」
ぐすっ、と遥が鼻を鳴らす。
俺は思わず遥の顔に手を当て、親指で涙を拭き取る。
遥はビックリしたようにえ?、と呟き、そういう所が、ずるいのよ。
と言って俺に抱きつく。。
今度は我慢せずにわんわん泣いたので、俺は遥が泣き止むまでしばらくこのままで居た。
でも俺は遥を抱きしめることはなく、ただ頭を撫でるように手を置いていた。
ひとしきり泣いたあと遥はすっきりしたのか、残りのカフェオレを全て飲み干して勢いよくベンチから立ち上がる。
それを見て俺も立ち上がると、
「もう明日からは容赦しないから。」
と、俺のほうを指差す。
「よ、よろしくお願いします…?」
と、俺は意味のよく分からない返事をして、公園で別れてそれぞれ家路についた。
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