第3話

 その日俺が家に帰ると、また家には誰も居なかった。

 父は仕事で居ないとしても、専業主婦である母が居ないので少し不審に思ったが、暫く考えて俺はある結論にたどり着いた。


「未来の俺、いるんだろ。」


 しかし予想とは違い俺の声に反応するものは居ない。

 おかしいと思い少し不安になって、


「え?居るよな?返事してくれ?」


 とすがってみるがやはり返事はない。

 恐る恐るこの前あいつが居た奥の部屋に近づきドアを開けると…


「わぁ!!!」

「うおっ?!?!」


といきなり未来の俺が脅かしてきた。

 俺は屈辱にも初めて未来の俺と会った時と同様に腰を抜かして立てなくなってしまった。

 ははは、と手を叩いて爆笑する未来の俺を他所よそに、俺はそいつの右手に握られている本に目が離せなかった。

 それは、あの忌まわしい黒歴史、俺の秘密の同人誌に見た目が酷似していたからだ。

 そんな俺の様子を察したのか、未来の俺はひとしきり笑った後説明をくれた。


「あぁ、これか?心配しなくてもお前の思っているようなものじゃないから安心してくれていいぞ。」

「あぁ良かった…」

「でも、もっと恥ずかしい物かもな?」


 未来の俺が妙ににやけ面で言ってくるので、俺の顔からまた、血の気が引く音がした。

 もっと恥ずかしいもの?何かあったか?

 あれこれ考えていると未来の俺が痺れを切らして


「あぁもう、これだよ!」


 と、手に持っていたものを目の前に突き出す。

 それは、俺が幼稚園の時のアルバムだった。


「ん?これの何が恥ずかしいんだ?」

「ふっふっふ、そう言ってられるのも今のうちだ。」


 未来の俺はゆっくりとページをめくりだし、歓迎遠足の時の写真を指さした。


「こいつが、俺の未来の結婚相手だ。」

「ん?俺の結婚相手は幼稚園が同じなのか?…ってえぇ?!」


 なんと、そいつが指さしているのは写真の俺に弁当をあーんしてあげている、遥だった。

 俺はまた腰が抜けそうになったが何とか耐え、きょどりながら未来の俺に問う。


「は、遥が俺の将来結婚する相手で、近いうちに付き合うって??」

「あぁ、そうだ。」

「はぁ?!無理無理無理!!!」


 首を全力で振って否定する。

 あんなに毎日喧嘩するのに相性が良いなんて有り得るわけない。

 しかも下品だし、なんといってもそんな目で見たことがない。

 未来の俺は俺の考えている事が分かるのか、俺も最初はそう思ってたっけなー、と困ったように頭をいていた。


「あ、そろそろ時間だ。」


 腕時計を確認し、唐突に言い出した。


「え、まだ聞きたいことが…」

「それじゃ!」


 未来の俺はまた謎の光に包まれて消えていった。

 俺はまだ現実を受け止めきれずぽかんとしたままだった。



 翌日、俺は何事もなく朝を迎えた。

 この前は未来の俺が帰ったあと頭痛がして、学校をやむなく休んだけど今日はそんなことも無い。

 いや、本当はあって欲しかったんだけど。

 遥が俺の結婚相手って、そんなことを聞いて平静に居られるわけが無い。

 しかしそんな理由で休む訳にもいかないので、俺は朝ごはんを軽く食べて重い足取りで学校に向かった。



 教室に着いて真っ先に遥を探すと、遥は颯太と渡辺さんと話していた。

 3人は俺の到着に気づいたのか、こちらを向いて軽く手を振る。

 俺は3人に手を振り返し、その話の輪に入ることにした。


「ういーっす龍太郎」

「日々君、おはよう。」

「おはよう、颯太と渡辺さん。」

「……はよ。」

「おはよー遥…って、何か元気なくないか?」


 いつもと違う遥の様子に、思わず心配してしまう。

 良かった。思っていたより普通に話せそうだ。


「えぇ?!いやそんなこと無いわよ!!」


 遥は思いっきり首を振りながら否定する。

 いつもは悪態をついてくる所だが、本当にどうしたんだろう。

 あと気持ち悪いのが、そんな遥を見ながら颯太と渡辺さんが何故かニコニコしている所。

 俺が居ない間に何か話してたのか?


「なぁ、俺が来るまでに何の話をして――」

「はーいHR始めんぞ〜。」


 俺の話をさえぎるように顔色の悪い木村先生が教室に入ってくる。

 俺はまぁいいか、と思い席に着いた。

 今日の1時間目は木村先生の担当する国語であるため、HRが終わったあとは休み時間を挟まずそのまま授業が開始される。

 木村先生の授業はやる気がなさそうな割に面白くテストも簡単な為、生徒からの好感度は中々高い。

 でも今日の俺にはそんな授業も全く耳に入ってこなかった。

 

 それは勿論、昨日の出来事から何故か遥を意識してしまうからだ。

 遥は、たまに俺にしてくる変なイタズラを辞めれば結構モテると思う。

 いや、もう既にモテてるかな?

 なぜなら、遥は認めたくないが可愛いからだ。

 小さい顔に細かく細長いまつげで装飾された大きい琥珀色の瞳。

 そして右目に付いている小さい泣きぼくろ。

 可愛いの典型とも言える顔立ちをしている。

 さらに極めつけはあの金髪だ。

 幼なじみである俺は知っているが彼女の髪色は地毛である。

 日本人の両親から金髪が産まれてくる理屈が良く分からないが、まぁそういうこともあるだろう。

 後、クラス全員に優しい。

 ……悪く言えば外面が良い。

 今までに勘違いさせてきた男は数しれずって所だろう。

 まぁもちろん、俺は裏の顔を見ているから騙されないけど。

 とにかく、遥が俺の結婚相手だなんて信じられない。

 未来の俺のイタズラか?

 今度会った時に聞いてみよう。

 遥の後頭部を見つめながらぼーっとそんなことを話していると、遥が突然振り向いてきたので俺と目が合ってしまった。

 遥は何故か顔を赤くしながら少し恥ずかしそうな、怒っていそうな表情で


(見・す・ぎ・!)


 と口パクで合図して、ぷいと黒板の方を向いてしまった。

 俺ははっとして、すぐに授業に専念した。

 でも何で、俺がこんなに照れないといけないんだろう。

 

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