一輪咲いても花は花

三鹿ショート

一輪咲いても花は花

 友人から趣味が悪いと告げられたことは、一度や二度ではない。

 他者がどのような考えを持っていたとしても、私の人生においては何の影響も無いのだが、何故そのようなことを言われなければならないのかと首を傾げた。

 私の疑問に、友人は迷うことなく答えた。

「何故、彼女のような女性を選んだのか。きみほどの見目が良い人間ならば、選り取り見取りではないか」

 その言葉で、私は納得した。

 つまり、彼女の容姿は、私とは釣り合っていないということなのだろう。

 確かに彼女は、世辞にも佳人であると評価することは出来ない。

 道を歩けば振り返る人間が多いが、それは美しさに驚いたわけではなく、その容姿を嘲笑するためだということは理解していた。

 彼女もまた、そのことを自覚していたためか、怒りを抱くこともなく自嘲するばかりだったが、私は彼女を含めた周囲の反応を気にしたことはない。

 何故なら、どれほど醜かったとしても、彼女が女性であることに変わりはなく、そして、私は女性という存在に恋心を抱いているからだ。

 相手が裕福であろうが貧乏であろうが、美人であろうが不細工であろうが、私には関係の無いことである。

 その女性に対して、特に強い恋心を抱いたのならば、私はその感情に従うまでのことだった。

 私がそのように告げると、友人は苦笑した。

「きみは、やはり変わっている」


***


 交際を開始して数年が経過したものの、彼女は未だに私との恋人関係を信ずることができていないらしい。

 長い夢を見ているのではないかと何度も告げていたが、私はそのたびに否定した。

 だが、私がどれほど愛しているかを告げたところで、彼女が信ずることはない。

 彼女が自身の状況を受け入れることができていないということは、彼女にとって私は、相応しい人間ではないということなのだろうか。

 美醜が釣り合わなければ現実を受け入れてはならないと、誰が決めたのか。

 彼女が示す卑屈な態度は、まるで私という人間が否定されているかのようだった。

 それでも私は、彼女を愛し続けていたのだが、落ち込む日もある。

 そのような私の心の隙間を見透かしたかのように、一人の女性が接触してきた。

 会話をしていただけだと思ったが、気が付けば、私と女性は一夜を共にしていた。

 酒が原因だと言い訳をするつもりはない。

 私は頭を抱えながら、心中で彼女に対して謝罪の言葉を吐いた。

 しかし、其処で疑問を抱いた。

 何故、私は彼女に謝罪しなければならないのだろうか。

 彼女は私と交際していることが信じられず、受け入れていない。

 つまり、彼女にとって、私との関係は夢の中での出来事に等しい。

 現実を受け入れていない人間に謝罪する必要が、何処に存在しているというのだろうか。

 同時に、私は己の役割というものに気が付いた。

 私の見目に引き寄せられていた女性たちと親しくなるということは、その女性たちに幸福な時間を与えるということになる。

 このような見目で誕生したのは、女性たちを幸福にさせるためではないか。

 いわば、それが私の仕事である。

 彼女だけを特別視してはならなかったのだ。

 私との時間を幸福と感ずることができないのならば、他の女性を幸福にすれば良いだけの話である。

 其処で私は、街を歩き、近付いてきた女性たちと親しくすることを決めた。


***


 両手足の指では足りないほどの女性たちと関係を持っていたある日、彼女が久方ぶりに接触してきた。

 彼女はその表情に怒りを示してはいなかったが、語調は私を責めるようなものだった。

 何故裏切ったのかと問うてきた彼女に対して、私は告げた。

「私は、愛してほしいと告げてくる相手の願いを叶えているだけだ。きみがそれを望むのならば、きみのことも愛する」

「恋人とは、そのような願望を口にせずとも、関係を深めるものではないのですか」

 震える声でそのような言葉を吐いた彼女を見て、私は首を横に振った。

「きみは、私と交際している現実を受け入れていなかったではないか。私が離れたことで、ようやくその現実を受け入れたのか。それとも、口では夢を見ているというような言葉を吐きながらも、実際は私を所有物としていたことに喜びを抱いていたのか。今となっては、どうでも良い話である。確実に言うことができるのは、きみが私を素直に受け入れていれば、私がこのような行動に及ぶことはなかったということだ」

 私は立ち上がると、俯いている彼女の耳元で、

「先ほども言ったが、きみが望むのならば、きみのことを愛する。ただ、それは量産された形だけの愛情ではあるが」

 彼女の肩に手を置いてから、私はその場を後にした。

 彼女がどのような反応を示したのかなど、興味は無い。

 私の意識は、既に眼前の女性に向けられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一輪咲いても花は花 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ