第10話 過ち
「ダメだっていっただろ!」
「……なんでそんなに怒ってんだよ」
ネライダに殴られた頬がじんじんと痛む。
死んだと思っていた鈴が生きていた。そんな幸福感に浸る余裕はわずか数秒だった。
「……んねぇ」
「なんだよ」
俺は思い出す。この島を塀の上からのぞいた景色、日課になった散歩道で見聞きする出来事全て、そして幸せそうに暮らす2人の姿を。
「意味わかんねーんだよ!!」
フォニが箸を止め、2人の仲裁に入るわけでもなく、ただ俺たちを静観していた。
胸の内に留めていた嫉妬が自分の意思に反して吐きでてしまう。
「どいつもこいつもむかつくんだよ!」
「…………」
「俺の今までの暮らしがクソみたいだって……やっぱり最低最悪のものだったんだってわからされていくのがムカついて仕方ねーんだよ!!」
「…………」
「自分の好きな人とずっと一緒にいる?なんだそれ、そんなことできる人間なんて俺の周りにはいなかった!なのにここの人間みんな当たり前のように……!」
「…………」
機械を通してしか話すことができないフォニ、優しいが過ぎるほどのネライダ。
誰がどう見てもただの八つ当たりでしかない。
でもどうしても俺は抑えられなかった。口を強く抑えても吐き出るただの嫉妬。
窓ガラスに反射する俺の顔は、命の恩人に向ける顔ではなかった。
苦しい沈黙を破ったのは意外にもフォニだった。
「逃げてんじゃねーよ!」
「え……」
「フォニちゃん……」
フォニの口から発せられた怒号は玄魔を縮み上がらせた。玄魔は精神的な圧力だけではない何かを感じさせられる。
「え、喋れ……」
「あー、まじムカつくわ。悲劇のヒロインぶってんじゃねえよ!お前だけが辛いと思ってんのか?はっ!まぢ笑かしてくれんね」
フォニはどんどんと玄魔に近づいていく。
そもそも「フォニは喋ることができない」とネライダから聞いていた。何が原因かは聞かなかったのもあるが、今まで言葉を発する場面を一切見たことがない。
背が低く、可愛い見た目の女の子。声も見た目通りの可愛さだが、何故か恐怖でどんどん背筋が凍るの感じる。反論してはダメだと本能が訴えているかのようだ。
「お前がうちらみたいになりたい?いいところだけ見ていってんじゃねーよ!誰もがのうのうと楽して生きてると思ってんの?馬鹿なの?周りが楽しそうにしてる瞬間と自分が苦しい瞬間照らし合わせて自分は不幸な人間だとでも言いたいの?うちらのことなにも知らないくせに!そもそも他人と自分を比べるなんてダサいことすんなよ!」
「……ださい?あーそうだよ!俺はダサいよ!」
「は?」
「俺は鈴を、自分の親を、自分のエゴで殺してしまったんだよ!……ここみたいに悪魔を殺してくれるヒーローみたいなやつなんて一人もいなかった!それなのに俺の田舎で夜に花火を上げるって初めてなってさ、親って言っても施設の先生だけど、先生は危ないからって注意してくれたのに、俺はちょっと周りの子たちより強かったっておごりで押し切って……それで本当に悪魔が出て……目の前で先生が殺さる瞬間まで足がすくんで何もできなかった」
「コガたん……」
今の自分の哀れさに、玄魔はこの場から消え去りたくなった。
「ねえフォニちゃん。コガたんに話してあげる?僕らのこと」
『……そうだね』
ネライダとフォニ、そして島の秘密を知って、自分が周りを見れていないことに改めて気づくことになるなんて、この時は思いもしなかった。
道化師のアーリマン 三千面相 @alpaca874
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