第9話 Q

「はぁ」

 地獄島に来てから散歩が日課になっていた。鈴の情報収集と食材の買い出し、何より気晴らしにちょうどよかった。

 散歩中、周りに批判されているが「政治活動だ」と頑固にマイクと旗を譲らない人を見て、わからない世界なので立ち入るのはやめようと無視をする。その人は既に何度か見ている人でいつもこの島はおかしいと言っていた。

 知らない島で誰が悪で誰が正義かわからない俺にはまだ関係ない話だ。ただ「エネミーは人間だ」という言葉にはいつも自分のことを言っているのかなと思わされた。

 ネライダたちにその人の話を聞いてもあの人は一年くらいずっとしていると言っていた。別に悪いとも思っておらず、政治は子供にはわからない、エネミーは倒すだけだと。まだアーリマンの状態を二人には見せていないので、これは当分見せられないなと思わされた。

 今日は若い女の子たちがアフラ様とパッセル様があつすぎる!絶対できてる!との話でとても盛り上がっていたのが気になった。ひたすらに「あつい!」「あつすぎる!」と言っていたが「あつい」の意味がさっぱり分からなかった。分厚い人の悪口だろうか。それともドラマの話だろうか、今度フォニに聞いてみようと思う。

 相変わらず平和でついつい壁を殴ってしまった。

「……はぁ」


 ネライダとフォニは俺と同じく施設育ちで何と今年自立するために施設を出たと言う。偶然にも似た境遇だった。生計を立てるためエネミーを倒す為だけに創設した団体に今年から所属しており、いつも朝早くから家を出ている。

 この島に来て分かったのは、この島がとても大きく、住民は“国”として認識していてここから出た者はいないことと、逆に簡単に入れるような場所でもないこと、それに俺が知っている悪魔に対しての概念が異なることだ。

 この国では悪魔をエネミーと総称して呼んでおり、討伐すると政府から報酬がもらえるのだそうだ。ただし報酬がもらえるのはエネミーにとどめを刺した一人だけであり、報酬を横取りするのは御法度である。誰かが戦っているのを見ても参戦しないのがほとんどだと言う。だから報酬で生計を立てようとする人はチームを組むか、団体に所属する。ただ、エネミーで生計を立てるのはごく一部の人間だけで、多くの人はそもそもそんな危険な戦いに参加せず普通に仕事をしているそうだ。

 俺の住んでいた場所ではもちろん報酬なんかでないし、誰も傷つかないようできるだけみんなで倒していたのだから何て世界なんだと思い知らされた。


 


「そろそろ帰ってくるかもな。よし作るか」

 俺はいつものようにネライダとフォニのため夕食作りに取り掛かった。スーパーで良い肉が安く買えたので今日は張り切ってステーキを焼くことにした。それにしても広い家で、キッチンも広く何でこんなにお金があるのかと疑問に思う。キッチンに関してはあの二人には全く必要ないが、というか無い方が良い。


『気になるあの人、質問せがむ〜!』

 テレビから流れる音を聴きながらじっくり焼いたステーキ肉をアルミホイルで包む。

 施設にいたときはテレビから流れるものは勉強や畑の耕し方とか古い映画だけだった。ここのテレビはいろんな番組が放送されていてとても面白い。ついつい見入ってしまうから注意が必要だ。

 ただこの島の情報を少しでも仕入れるため、家にいるときは出来るだけテレビをつけるようにしている。電気代?ネライダと特にフォニは俺の飯が気に入ったようで何してもいいと今では少しづつ懐いてくれているから問題ないのだ。

 

『今日は何とあの人に来てもらっています!』

 最近はこの番組にハマっている。番組名が少し残念だが。この国の有名人がランキング形式で紹介されて、その人への質問をテレビからリアルタイムで送ることができるのだ。この前はフォニが大好きなドラマの女優さんが出ていた。討伐から帰ってきたフォニに番組に出ていたよと伝えると『何故呼ばなかった』と少し不貞腐れていた。仕事を放棄してでもみたかったと言うフォニはドラマを見ている時がネライダとの時間の次に幸せそうだ。

『何とあの人ですよ〜あの最強の〜。あ、私は全然強くないですよ〜』

「早く紹介しろよなぁ」

 この人に来てもらってます!と言いながら焦らし続けるのが特徴の司会者のおっさんに最近少しイライラしてしまう。俺に関してはどうせ誰も知らないわけだから早く紹介してほしいのだ。テンションの高さもなんか腹が立つ。

『どんなエネミーもイチコロ♪私なんて全体むりー!』

 どんな大男が来るんだとワクワクする反面、司会者のことなんて誰も興味ねーだろとイライラしてくる。

『私も小さい頃から実はファンの人なんですけど〜せがんじゃおかな〜』

『好きな人とかいるのかな〜私はいるんですけど〜せがみたいな〜』

「もういいよ!」


 ゲストが出るまでに何分経ったのだろうか、やっと今日の気になる人が出てきた。

『アフラ様です!どうぞーーー!』


「お、アフラ様じゃん。大男で筋骨隆々だから分厚いってことか。へぇ〜……え……」

 俺はテレビに映る人を見てアルミホイルを剥いだ盛り付け寸前のステーキを床に落としてしまった。

『アフラです』

 大男だと思っていたアフラと紹介される【気になる人】はとても綺麗な女性だった。大どころか男でもない。

 少し内巻きの青い髪が胸元まであり、右上から左下へ斜めに切り揃えられた前髪は少し幼さを感じる。

 覇気がなく暗い感じだがとても美しい。

 瞳もとても綺麗だ。

 まるで花火を反射しているかのような、宝石のような。

 そして胸元にあるネックレス。

 歪な十字架のネックレス。

 

 

「ただいまー。ってコガたん肉!肉落としてるよ!」

『( ;∀;)肉ーーー』

 ネライダとフォニが帰ってきた。

「どうしたの大丈夫?」

 心配そうに俺の様子を伺うネライダに気づいて急いで肉を拾う。

「あ、あぁ。この人って……」

「あ、今日はアフラ様なんだね」

「アフラ様?この人の名前が?」

「そうだよ。本当の名前は知らないけどこの国で一番強いお方だよ。“アフラ”っていうのは国で一番強いと認められている人につける称号みたいな物なんだけど、この方は最年少でその称号を手に入れてからずっとその座を譲っていないんだ。だからもうアフラ様として通っているんだ。この人美人だよね、こんな人が一番強いんだから初めて見たらびっくりするよね……ま、まぁ僕は興味ないけど」

 ネライダはフォニのナイフのように鋭い視線を気にして咄嗟に言い逃れをしていた。本来なら笑いたいところだが今の俺にはできなかった。

 

「鈴だ……」

「え?」

「絶対そうだ……鈴だ……俺が、ずっと、ずっとずっと探してる人……!」


 泣きそうだ。

 そう思った時にはもうすでに涙が溢れまくってた。

 溢れに溢れてた。

 生きてた。

 良かった、生きてたんだ。

 むーちゃん、鈴は生きてたよ。

 

 元気そうではないかもしれないけど、身長もかなり伸びてる。変わらず、いやもっと美人になってる。

 俺が知らない間に、こんなにも綺麗に大きくなって。

 

「嘘!アフラ様がそうだったの!?」『∑(゚Д゚)』

 

 ネルもフォニもかなり驚いている。でも冷静になれない俺にはネルの声はうっすらとしか聞こえない。まるで自分だけが水中にいるかのような感覚。ただテレビを力無く掴んで凝視するしかできない。

 あっという間に質問募集コーナーが始まった。

「……これどうやって質問するんだ」

「このボタンを押して……ここからだけど。多分すごい募集数だから選ばれるのはかなり厳しいんじゃいか。それにあの司会者が選んでいるから無作為で選ばれていないって評判が悪いんだ」

「……フォニいけるか」

 フォニはとても機械に強い。銃も会話できるサングラスも全て自分で作ったそうだ。一度サングラスの修理に立ち会ったことがあるが何が何やらさっぱりでわからなかった。そんなフォニなら何とかしてくれるかもと無茶をお願いする。

『肉( ;∀;)』

 フォニはしゃがんで肉を悲しそうに見ていた。

 

「俺の分も全部やるから!頼む……鈴と話させてくれ!」

『任せろ』

 フォニは自分の部屋から機械をいくつか持ってきてテレビに次々と線を繋げていった。やはり俺にはさっぱりわからないが何とかしてくれそうだ。その間に急いで作る予定のなかった他の料理を完成させ、いつもフォニが座るテーブルの位置にそれらと大量の肉を用意した。


『これに聞きたいことを言え』

 フォニは俺にマイクを渡し捨て台詞を吐くとすぐにご飯を食べにいった。

「言いたいことってこれで喋るだけで良いのか」

 フォニは俺を見向きもしないでご飯を食べながら背中越しに親指を立ててくれた。

 テレビでは次次と質問がされていた。


 Q彼氏はいますか?

「いません」

 Qパッセルさんが彼氏ではないのですか?

「違います」

 Q好きな人は?

「いません」

 Q好きなタイプは?

「思いやりのある人……」


 おっさんが聞きたいことだけを選んでいることが確定する。

 不安と焦りにかられるが、質問はどんどん読み上げられていく。


 Q何歳ですか?

「十五です」


 同じだ。


 Q好きな動物は?

「猫」


 同じだ。

 胸がどんどん張り詰めてくるのを感じる。だんだん番組以外の音が遠ざかっていく。


 Q好きなイベントは?

「花火」

「夏の風物詩!いいですね〜それは元カレさんとかとの話ですか〜?」

「……違います」


 嫌なことがあるとネックレスを触ってしまう癖も同じだ。変に嘘をつけない真面目なところも。

 

「コガたん!質問終わっちゃうよ!さっきも言ったけど絶妙な質問にするんだよ」

 ネルに呼びかけられやっと我に帰る。

 ネルは何度か質問に対するアドバイスをくれていたようだが全く聴こえていなかった。とにかく震える手でマイクを強く握りしめ言葉を吹き込む。


 Q君はあの花火の日の約束を覚えているかい?

「……!」

「何これ!私こんなの選んでないんですけど!」


 司会者が取り乱れると突如番組は中断した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る