第6話 エネミー

 「怖え……」

 俺は悪魔化した鋭い爪と腕力を活かし、高い塀をゆっくりと慎重に降りていく。もしかしたら悪魔の状態であれば人が点になる程の高さから落ちたとしてもも死なないかもしれない。けれどそんな可能性に欠けるわけもなく。

 なにより残念な事に俺には飛び降りる自信がなかった。

 

 半分ほど降りたところで、下の方から男の叫び声がした。地獄島は、塀の近くは樹々が生い茂り、島の中心になればなるほど繁栄している為、まさか塀付近に人がいるとは思わなかた。焦りと心配で一瞬思考停止するも、気づいた時には飛び降りていた。

 やべっ!

 地面が近づくにつれ、声を出した人物は落下地点にいることがわかった。このまま落下するとあまりの速さに救助どころか病院送りにしてしまう。何度か塀を引っ掻いて落下の勢いを殺したものの、あまりの速さに地面を抉り、土を盛大に舞い上がらせ着地した。

 砂埃が晴れると傷だらけの太った真っ赤なキノコ頭の青年が木にもたれ掛かっていた。


 

「おい!大丈夫か!?」

「えっ、き、君は?今上から?」

 太った体のキノコ頭の少年は俺の登場にかなり驚いて混乱している。

「ビビらせちまったな、悪りぃ!叫んだのお前だよな?大丈夫か」

「あ、うん。大丈夫……かな」

 髪が赤いせいで気づくの遅れたが少年は頭から血を垂らしかなり出血している。今にも倒れそうなくらい意識朦朧な状態だ。

 

 俺は服の裾の部分を破り少年の頭に丁寧に巻いてあげる。

「よし。これで出血はちょっとはマシになるな」

 慣れた手つきの応急処置に少年は驚いた様子だった。

「あ、ありがとう。君はESSFの人?」

「いーえすえすえふ?」

「違うの?じゃあ一般人?」

「一般、まぁそうだけど」

「じゃあまずいよ、エネミーが来ちゃう。逃げよう」

「えねみー?」

「え?」

 お互いの頭にハテナを浮かび上がらせていると茂みからガサガサと二つの物体が現れた。


「……だめだ来ちゃった」

 前髪で表情がわかりずらい少年から絶望のオーラがひしひしと伝わってくる。

 対して俺はエネミーと呼ばれる二体を見て愉悦を感じた。

「エネミーってこいつらのことか?」

「う、うん。そうだよ。君ほんとに知らないの?」

 少年は異星人を見るかのように不思議そうにしている。

「いや、知ってるさ。めちゃくちゃ知ってるよ……久しぶりだな、手長足長」

 茂みから現れたのは手が異様に長い悪魔【手長】と足が異様に長い【足長】だった。


「手長足長?やっぱり君はESSFの人じゃないの?」

「だから違えって」

 少年はますます混乱しているが、俺は手長足長から視線を逸らさない。別に急な攻撃に備えているとか、逃げるタイミングを窺っているわけではない。こいつらを見ているとあの花火の日を思い出して目が逸らせないのだ。

 俺は少年がいることもありフードを深く被るとピエロの面をつけた。

 少年の頭の上のハテナの数が限界を超えているのは放置した。


 


 なぁお前七年前攫った女の子のこと覚えてるか?


 

 ピエロの面からは声が届かない。届いたとしても悪魔には意味はないが。

 手長足長はギョロギョロと目玉を動かせ、いつ攻撃しようかタイミングを伺っているように見える。しかし俺は気にせずどんどん手長足長に歩み寄っていく。

 


 なぁ、あん時むーちゃん殺した気分はどうだった?

 


 手長足長は警戒しているのか少し後退りする。

 


 何ビビってんだよ。俺らガキの頃からお前ら悪魔にやられてんだぜ。しかも毎回不意をついて。ムカつくなぁ。

 


 今日は既にかなりの時間アーリマンの姿で活動している。恐らく戦闘するとなると十分くらいで疲れ果ててしまうだろう。

 本来であれば慎重に戦うべきかもしれないが、久しぶりに自分の意に反して既にアーリマンに変身していた。

 手長足長はお互い目を配らせると、足長は俺の方へ、手長は少年の方へ攻撃を仕掛けてきた。





「え?君いつの間に」

 一瞬で少年の目の前に現れた手長は胸から血垂らし、立派な長い腕は力なく地面に垂れていた。少年は手長ではなく、その後ろから腕を突き刺す玄魔に唖然とする。玄魔のさらに後ろを見ると十数メートル先で足長が倒れていた。


 

 大丈……あぁそうだ聴こえないんだったな


 

 俺は心臓を背後から貫いたまま倒れた足長の方へ歩いていく。

 手長足長どちらも微かに息はあるようで小さいうめき声を漏らしている。

 


 俺は優しいからさ、お前ら一緒のとこで殺してやるよ。


 

 俺は手長を足長の上にどさっと放り投げると脚を肩幅に開いた。

 


 お前ら、完璧に、殺しとかないとなッ、また、増えるかもしんねー、からよッ!

 


 俺は倒れた二体の悪魔を力一杯殴り続ける。右左右左……。砂埃がまい、地響きを立てながら、腰を捻り一発一発丁寧に。


 

 ハハハッ!苦しいだろ!なぁ!


 

 手長足長は殴られるたびに血を吐き、潰れた喉からは声は出ず苦しそうに空気を漏らしている。

 


「ハハハハハハハハハハハハッ!死ね!死ね死ね死ね!」


 

 何発殴っただろうか。悪魔は既に消え去っていてボコボコと拳の形に抉れた地面だけが残っていた、らよかったのだがそこにはピエロの面も落ちていた。フードも気づくと捲れていて、アーリマンの姿が丸出しとなっていた。

「……ッ!」

 急いでアーリマンの状態を解くが、少年の顔を見ると手遅れなことがわかった。

「ち、違うんだ!」

 少年はブルブル震え、指を差す。

「エ、エネミーだ」

「待ってくれ!話を聞いて……」

「後ろ!エネミーだ!」


 後ろを振り向くと目の前に大きな拳があった。訳のわからないまま地面を何バウンドかして少年のところまで吹き飛んだ。

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