第5話 開幕

「貴方、強くなったわね。合格よ」

「…………」

 春一番で波が荒れる砂浜に四人の女性と一人の黒いローブを纏いフードを深く被る人物が対峙している。

 四人の女性はそれぞれ銃や刀などの武器を構えているのに対し、ローブの人物の手には何もない。

 そんな不気味な砂浜には数十人が暴れ回ったような乱雑な足跡とキラキラ輝く銃弾が散らばっていた。

「………………」

 ローブの人物は何かを必死に訴えるよに、手足を伸ばしたりぴょんぴょんジャンプしたり目一杯のジュスチャーをする。

 しかし四人の女性には何も伝わらずキョトンとするだけだった。

 痺れを凝らしたローブの人物は雑にフードを捲る。

 フードから出てきたのは無理やり笑っているような不気味なピエロのマスクだった。

 さらにそのピエロのマスクを外し中から現れたのは青年“古伽玄魔“だった。


 

「これ動きにくいんだけど!しかも何でこのマスク声が通らない仕組みになってんの!?そんなにアーリマンの姿バレたらダメ?」

 俺は嫌そうにローブのあちこちを引っ張ったりして動きにくさをアピールする。

「貴方まだわからないの?人間が悪魔をどれほど嫌い憎んでいるのか。例え悪魔が人と握手を交わし、話が通じる無害の悪魔がいると理解できたとしても、本能的に受け入れてもらないわ。ある日突然何の拍子もなく裏切られる。なんせ悪魔なんだもの。死に消えるまで信じてもらえやしない。消えてからわかるのでしょうね。『あの悪魔はもしかしたら、無害で人と生活できるやつだったのかもしれない』と。まぁ無理な話よ。その後にこう続くの『ただ、今後害を与えないとは限らない。無害のうちに殺して正解だ』ってね。そもそも悪魔と判定された瞬間、害を与えられるかどうか考えず反射的に殺す対象として見なされあの世送りにされるわ。まぁ悪魔にあの世なんてないのだろうけれど……貴方はどこへ向かうのかしらね、フフッ。だから声でバレたりもしないようマスクは声が一切漏れなように改造しておいたわ。後、ピエロは私が描いたわ」

「ありがとう……マスクちょっとかっこいい」

 

「貴方、あの島へ向かうのよね」

「そうだよ。あー、スティーメーシィなら俺がいなくても他の兄弟たちも信じられないくらい強くなったし大丈夫だよ。みんながむーちゃんに引けを取らないくらいにね」

「そうね。……貴方、スティーメーシィは好きだったかしら?」

「もちろん!兄弟も先生もみんな大好きだよ!それこそ悪魔になっても変わらず接してくれたし、やっぱり家族っていいなーって改めて思ったよ」

「私も大好きよ。みんな頭おかしいくらい愛に満ち溢れてるって感じで。フフッ。ところで貴方、今も悪魔を全滅させたいと思ってるのかしら」

 俺は先生の問いに間髪入れず強い意志で答える。

「うん思ってるよ。片っ端から片付けて殺して殺して……全滅させることができたらスティーメーシィに負けない立派な施設を立てるんだ!」

「そう……叶うといいわねその願い。頑張りなさいアーリマン」


 現十五歳。

 俺は今日スティーメーシィを卒業する。

 先生は俺が成長した感動か、旅立ちの寂しさか、うるわせる瞳で見送ってくれた。

 俺は小さな紙を握りしめ、地獄へ向かうため海の上を走った。






 海面を走り、地獄島へ向かって一時間程たった頃、拳くらいの大きさだった遠い島も、今では輪郭がわからないほど大きな島となっていた。

 島は木々の奥から高い塀が頭を覗かせている。その塀は端から端まで伸びており、島全体を囲っているようだった。

 妙な違和感を覚えるが、悪魔を逃さない絶壁となっているのだろうと、すごい場所だと、無理やり納得する。

 さらに一時間ほど走り、砂浜に着くと次はその塀の高さに驚愕する。塀の足元までくると首が痛くなるほど見上げても頂上が見えない。何百メートルあるだろうか、自分の知っているどの建物よりも遥かにお大きいその塀はもはや山だ。

 いや、山なら歩いて登れるからまだマシな方かもしれない。垂直にそり立つ塀の入り口が一向に見つからないのだ。

 

 アーリマンの状態になると爪が鋭く腕力もあるため自力で登れなくもないが、この高さだ。落ちたら流石に即死だろう。

 

「鈴、ここにいるんだよな」

 

 案外簡単に壁に手を突き刺すことができたので抉るように掴みながら登ることはできそうだ。

 壊して入ってしまおうかと考えたがそこから悪魔が溢れ出したらこの塀の意味がなくなってしまう。

 できるだけ傷つけないよう登ることを決心し、まずは大ジャンプして数十メートルの高度から登り始めた。


 



 

「はぁ……はぁ……や、やったああ!着いた!着いたぞーー!」

 何度途中で下を向いて後悔しただろう。何度突風で情けない悲鳴を上げただろう。

 頂上に着いた頃には心身共にすり減っていて、日もすっかり落ち、いつのまにか夜になっていた。

 

 だがとうとう地獄を拝む日が来た。

 緊張で手が汗ばんてくるのを感じる。

 悪魔がウヨウヨいるのだろうか。

 こんな夜でも荒地の中戦闘が繰り広げられているのだろうか?

 それとも……


 嫌な予感は見事に的中し唖然とする。心拍数は上がり、吐き気さえしてくる。


「は?何だここ……噂と全然違うじゃないか」

 地獄島には無数の小さな光を漏らした大きな建物があちこちに立ち並んでいた。まるで島全体に金粉が塗されたように綺麗に輝いている。よく見ると建物は四角い物から亀の甲羅のように丸い物まで大小様々。クリスマスにみんなでツリーに飾り付けした時を思い出す乱雑に見えるそれはより一層島を華やかにしていた。

 地獄島は春寒の夜を花火のように彩っていた。

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