第4話 悪魔辞典

第四話

「先生!大丈夫?」

「え、ええ。平気よ」

 悪魔が人を気遣っている奇妙な絵面。

 だがそれは玄魔がまだ人間であることを証明できたことを意味した。



 

「貴方、まるでアーリマンね」

 先生の一人が一冊の本を広げると一ページ目にアーリマンと呼ばれる悪魔が載っていた。

「ほんとだ。似てる……その本は?」

「悪魔辞典よ。欲しければあげるわ」

 見たこともないその本はボロく埃を被っていてとても古い本の様だ。

 悪魔辞典にはアーリマンの説明も記されてた。


 【アーリマン】

 世界は善神ーーーと悪神アーリマンの不断の戦闘の場である。アーリマンがーーーよりも劣ったものか、それとも同等のものか定かではない。いずれにせよーーーは世界の創造の敵対者として放っておいてはろくなことにならないと、三千年の間アーリマンとの戦闘を繰り広げた。アーリマンは毒蛙、毒蛇、毒サソリ、毒トカゲ、また一万種類の病魔を想像して世界に放つ。ーーーと彼の戦いは今日に至るまで続く。


 何ともおかしな本だ。所々黒く塗りつぶされて入るが、アーリマンがとてつもない悪魔であることは容易く理解できた。

「何でこんな本があるの?」

「さぁ、ただ最近書庫を整理していたら出てきたのよ。一ページ目に出てきた悪魔だったものだから覚えていてね」

「へぇ……ッ」

 悪魔辞典をペラペラめくっていると蜘蛛の悪魔と手足の長い悪魔が出てきた。

 蜘蛛の悪魔は【土蜘蛛】、手足の長い二体の悪魔は【手長足長】と名が記されている。

 怒りで狂いそうになるも先の先生の言葉を思い出し深く呼吸する。


 冷静になったところで疑問が湧く。

「先生、土蜘蛛とか手長足長。それに永架を食べようとした豚の悪魔【トウテツ】まで載ってる。悪魔に名前が付いているなんて馬鹿げてるよ。この本は何なの」

「さっきも言ったけど。私にもわからないわ。ただ思うに一度生まれた悪魔は殺しても繰り返し同じ姿で出てくるんじゃないかしら。それで先人が残した本、と考えるのが妥当ね」

「だったら俺は本当の悪魔ってこと?」

「貴方が違うと言ったじゃない。私たちはそれを信じているわ。アーリマンなら毒生物を大量に放つそうだけど貴方はそんなことできないでしょ。そもそも悪魔でもない全く別の怪物になってしまったかもしれないわね」

「毒蛙とか出すわけないよ」

 ゲコ


 呆れてひろげた手の上には真紫の蛙が頬をぷくぷく広げて乗っていた。

「出たじゃない」

「出たね」


 一気に悪魔へと近づいてしまい気まずい空気が流れる。

「ま、まぁ蛙だけだからさ、蛇は出てないし」

 何とかアーリマンでは無いと思いたい一心だったが首元でシュルシュル鳴く蛇がそれを許さなかった。

「また出たじゃない」

「出ちゃってるよ!どうしよ!いいーー怖い怖い!」


「アーリマンかもしれないけど殺さないで」

 目と声を潤ませながら命乞いをしている姿を見て先生達はクスリと笑ってくれた。

「そんな情けない悪魔なんて見たことないわ。大丈夫よ、アーリマンであろうと貴方は私たちの家族よ」

 いつの間にかスティーメーシィのみんなが集まっていて、「そうだよ!げんにぃは僕たちのお兄ちゃんだ」と先生の言葉に賛同してくれた。

 弟達に至ってはかっこいいとテンションが上がっている子もいるくらい。

「ありがとうみんな」

 玄魔は心を込めて感謝した。




 **********




 悪魔へと変わってしまった俺の生活は意外にもこれといって変化しなかった。

 朝起きてみんなと食事を交わし勉強する。午後になると村の仕事を手伝い、それも終ると護身術を学ぶ。

 悪魔の状態は最初は長くても五分しか続かなく、体が耐えきれなくなったところで気絶しまう。自分が口にすると出てくる毒生物も気絶すると消え去り、目が覚めた時にはと普通の体に戻っていた。

 

 コントロールできないうちは自分の意志に反して突発的に悪魔化しては気絶する生活が数ヶ月続いた。

 しかし、暴走して誰かを傷つけてしまうなんてことはこれっぽっちもなかった。アーリマンの姿だとものすごい力を発揮することができ、いつの間にかみんなその力を利用してあれこれと注文つけるほど慣れきっていた。弟妹たちはむしろ「アーリマン!アーリマン!」ヒーローのようにさえ扱ってくれた。

 ちなみに注文でよくあったのは、『おんぶもしくは抱っこした状態で高くジャンプして欲しい』だ。アーリマンになると跳躍力は十メートルを軽々と跳ぶことでたきるほどだったので綺麗な景色を見たいとの注文がよく入った。


 そして何より大切な二人を失った憎しみを晴らすかのように毎日倒れるまでトレーニングをした。

 むーちゃんがいた頃はむーちゃんがいるおかげで危険はないし、強くなったからと言って一人で悪魔対峙に行く考えを持たせないためか、強くなりすぎなくていいと制御されいた。

 しかしあの日以来スティーメーシィにはむーちゃんのように一人で悪魔と戦えるような人はいない。それを考慮した先生たちは玄魔含め子供達みんなを全力で鍛えてくれた。




 そんなこんなで大切な二人を失って早一年。

 悪魔化のコントロールもうまくできるようになってきた。

 持ち時間は肉体や精神面を鍛えるのに比例して段々と長くなっている。悪魔化が解けても気絶することはなく、今では少し休憩を取れば何なく行動することができる。

 今ならアーリマンの状態であればむーちゃんと同じくらい戦える。



 


「ん?何だこれ」

 今年もみんなで海水浴を楽しみに来ている。

 玄魔は流木と共に流れ着いた酒瓶を見つけた。

 中に何か入っており、割ってみると奇妙な手紙が出てきた。


 地獄島より


 たった五文字と猫の絵が記された紙に玄魔は持つ手が震えた。

「すずちゃん!?」

 思わず出た声に一人の先生が寄ってくる。

「玄魔どうしたの」

「これ見てよ。きっとすずちゃんのだ。間違いないよこの絵」

 猫の絵を必死に指差す。何度も見たすずちゃんの絵。特に大好きだった猫の絵。玄魔は間違いなくすずちゃんのものだと確信する。

 先生は困惑したようだが、瓶の破片を見てなるほどと何かわかったような素振りをした。

「玄魔、それが鈴のもので間違いないなら安心なさい」

「安心?できるわけないよ!だって地獄島って書いてある」

 玄魔は浜辺からうっすら見える島を見てむーちゃんが言ったことを思い出す。

 

 あそこはね、悪魔が生まれる地『地獄島』って言われてるの。悪魔がたくさんいて地獄のような場所だって。


 いてもたってもいられなくなった玄魔は海へと走り出そうとするが先生は玄魔の腕を掴み妨げる。

「待ちなさい。安心なさいと言ったはずよ。この瓶、良いお酒なのよ。恐らく鈴は誰か良い人の元で保護されているんだと思うわ。それに今貴方が行ったとしても実力はむーちゃんと同じくらい。死ぬ可能性も十分あることは貴方でもわかっているでしょ。死んでも行ってしまっても、どっちにしてもスティーメーシィは誰が守るの?」

「それは……」

「鈴はきっと大丈夫。信じて。私たちが貴方を信じたように」

 先生は眉を曇らせ玄魔の返事を待つ。

「わかった。でもいつ行っていいの」

「貴方がここを卒業する時まで我慢して。卒業しいたら何をしようが私たちは止めないわ。それまではスティーメーシィにいるたくさんの子を守って。お願い」

「……わかった」

 

 玄魔は瓶から出てきた手紙を大切にポケットにしまった。

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