第3話 叶えたのは

「――信教を捨て、永遠の想いを刻み、悪魔に復讐心を」

 村龍紅葉と大神鈴蘭の名前が追加された花壇に別れの祈りを告げた。

 

「げんにぃ……グスッ……寂しいよ」

 永架は玄魔の横でしくしく泣いている。

 玄魔は下唇を強く噛み締め永架の頭を撫で続けた。



 


 昨夜むーちゃんは悪魔に殺された。

 むーちゃんは二体の悪魔を相手に確かに優勢に戦っていた。

 しかしそれは最初だけで二体の悪魔の連携技は時間が経つに連れ一段と磨きがかかっていく。そのうえ知性を感じる戦い方をしてくる未曾有の事態にむーちゃんはいつものように戦えなかった。

 それでも別にむーちゃんが負けるとは思えなかった。ただ悪魔は悪魔すぎた。このままでは勝てないと感じたのか、足の長い悪魔がむーちゃんの不意を突き、逃げようとしていた俺たちを阻止した。

 目の前の敵としか戦えないような悪魔が取った行動に玄魔達は愕然とする。


 足の長い悪魔は膝を曲げ、まるで優しく包んでくれる保育士のように子供たちと目線の高さを合わせた。その気持ち悪さは子供達をさらに恐怖の底へと飲み込む。

 むーちゃんと戦ってなお生きている悪魔だ。もう無理だと誰もが悟るが、最初に動いたのはすずちゃんだった。

 すずちゃんは「来るな!あっちいけ!」と悪魔の顔をポコポコ殴った。

 だがすずちゃんの殴打では微動だにしない悪魔は口角を上げ不気味な笑顔を作る。

 

 玄魔は足が震えて動かなかった。


 動け!動けよ!早く戦えよ俺!

 

 足が言うことを聞いたのは悪魔がすずちゃんを抱え走り出し、自分が失禁している事に気づいた時だった。


 遠くに見えるすずちゃんは泣きながらも震える手で口を抑え、叫ぶのを我慢していた。

 

 玄魔は無我夢中で悪魔を追いかけたが、悪魔はあまりにも早く、見る見るうちに距離が空いていく。

 

 むーちゃんも追いかけようとするも、それを許さない腕の長い悪魔は持ち味の鋭い爪でむーちゃんの背中を突き刺した。

 咳をするたび血を吐くむーちゃんは腹部の貫通している腕を力の限り握り締める。残りの体力を振り絞ると綱引きの要領で引っ張り、目にも止まらない速さで近づいた悪魔の顔面を振り向きざまに殴り潰した。

 顔面の肉片が四方八方に飛び散った悪魔が蒸発していくと、むーちゃんも追いかけるように死んでしまった。

 

 玄魔は悪魔を見失ってしまい、どれだけ探しても見つからない。

 

 すずちゃんは行方不明となった。

 


 家族の死に大小は無いが、むーちゃんとすずちゃんが居なくなったことはスティメーシィとって大きなダメージとなった。心臓をえぐり取られるかのような、無くてはならないものが突如消失した。

 

 むーちゃんは先生の中でも子供たちに一番優しく真摯に向き合ってくれるし頼りになる人だった。むーちゃんのおかげで親がいたらこんな感じなのかなと親の愛情を知ることができた。

 

 すずちゃんはスティメーシィで一番のお姉ちゃんとして弟妹たちにも一番好かれていた。玄魔とすずちゃんが1番年上だったので玄魔もすずちゃんに甘えることは少なくなかった。

 

 そんな二人が居なくなった。大切な約束を交わした二人が。

 みんな今日一日活力もなく、先生たちの提案で休息日となった。



 


「何生き残ってんだ俺……何にもしてないで……すずちゃんが戦いに行ったのに何にもできなかった……クソッ!クソクソクソ!」

「げんにぃ?」

「ご、ごめん永架起こしちゃったか。…………辛いな」

「うん……でもまだげんにぃがいるから大丈夫」

「永架……強いなお前は。もうこれ以上こんな思いはさせないよ」

 

 同じ部屋でも普段は別々の布団で寝ているが、一緒に寝たいと永架の要望で同じ布団に入っていた。

 永架との約束だけは必ず、必ず守って見せることを心に誓った。

 

 どんな悪魔にも勝てるくらい強くならなければならい。明日から死に物狂いで特訓しなければいけない。

 

 一番強い悪魔ってどんなやつなんだろう。

 漫画の世界のように悪魔と契約して楽して強くなれないだろうか。

 



 


「きゃああああーー!」

 うるさい悲鳴と共に玄魔は起床する。

 眠気まなこを擦ると先生たちが部屋の扉を開けこちらを見て唖然としていた。

 一緒に寝ていたはずの永架も先生にしがみつき雷に打たれたように震えてこちらを見ている。

 先生の一人が手鏡をこちらにむけ「貴方……玄魔なの……?」と訳のわからない質問をしてきた。

 「何言っての………………ええええええーーーー!!」

 

 鏡には漆黒で人型の悪魔が写っていた。


 意味がわからず玄魔は怯えている先生から鏡を奪い、色々な角度で見てみたり鏡の距離を変えて見たりして自分を徹底的に確認してみるもそこには悪魔が写っていた。

 

「ええぇ」

 皮膚は黒く、節々に鋭い棘が生えている。首には蛇の紋章がぐるりと巻き付いているかのような痣ができており、玄魔の少年心をちょっとくすぐった。そしてどうやって生えたのかわからないライオンのような立髪が厳つさを増す。

  

「え?どういうこと?俺誰なの?どうすればいいの……」

 理解できない現状に動揺する玄魔に先生の一人が声を張り上げた。

「玄魔落ち着きなさい!先生もなぜあなたがそんなことになったのかわからないわ。だけど今ひとつだけわかっていることがある。それは貴方が悪魔のような姿であれ『玄魔』であると言う事。そうよね?違うのなら死んでもらうわ。フフッ、冗談よ。とにかく落ち着きなさい。焦燥感は事態を悪化させるだけよ」

 あながち冗談ではなさそうな先生の言葉に血の気がひく。

 

「う、うん。俺は玄魔で間違いないよ。むしろ見た目以外いつもと何も変わらない。俺は玄魔だよ!」

 

 玄魔は拳を胸に叩きつけ人であることを強く強調した。

 胸を叩いた衝撃は爆弾のように衝撃波を生み、部屋のガラスは砕け散り、先生たちと布団は吹っ飛んだ。

「せんせえええ!」

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