26 地下鉄クリスファーストリート駅の階段を上った瞬間、

僕は増幅された声でレズビアンやゲイという言葉を聞いた。路上に出ると、何百人もの人々が集会のスピーチに耳を傾けてた。

 街頭でゲイのデモを見たことはあった。僕はいつも通りの向こう側から、この若い運動がクローゼットに叩き戻されてないことを誇りに思いながら、立ち止まって見てた。  

 でも、僕はいつもその運動の外側で孤独を感じてた。今回、ある声が僕の足を止めた。マイクを握った青年が、強い声で、感情に震えながら、自分の恋人がギャングに野球のバットで殴り殺されるのを拘束され、見ることを強要されたと語ったんだ。「わたしは彼が歩道で死んでいくのを見た。何かしなければ。このままじゃいけない」

 彼はマイクをアフリカの明るい布で髪を巻いた女性に渡した。彼女は他の人たちにも上がって発言するよう促した。

 群衆のなかから若い女性が壇上に上がった。「クイーンズの私の近所にこういう人たちがいました」マイクを使っても、彼女の声はほとんど聞こえなかった。「彼らはよく私と私の恋人を怒鳴りつけた。ある夜、後ろから彼らの声が聞こえたの。私はひとりだった。金物屋の裏の駐車場に引っ張り込まれてレイプされたの。止められなかった」

 涙がこぼれた。隣の男性が僕の肩に手を置いた。彼の目も涙でいっぱいだった。

「私は恋人に何が起こったかを決して話しませんでした」

 彼女がステージから降りるとき、僕は思った。勇気とはこういうものだ。悪夢を生き抜くだけでなく、その後に何かをすること。勇気をもって他の人々にそのことを話すこと。物事を変えるために組織化しようとすること。

 そして突然、自分の沈黙が死ぬほど嫌になり、自分も話さなければと思った。何か特別に言いたいことがあったわけじゃない。それが何なのかさえわからなかった。ただ一度、喉を開いて自分の声を聞いてみたかった。そして、この瞬間を逃したら、もう二度と挑戦する勇気が持てないかもしんないと思った。

 僕はステージに近づき、自分の声を見つけようとした。司会の女性が僕を見た。「話したかった?」僕は不安でフラフラしながらうなずいた。「さあ上がって、お兄さん」彼女は僕を促した。

 僕の足では、ステージに上がることはほとんどできなかった。僕を見つめる何百人もの顔を見た。「僕はゲイじゃない」増幅された自分の声に僕は驚いた。「僕はブッチであり、女だ。僕らの性根を嫌う人たちが、僕らをそう呼ぶかどうかはわかんない。でも、そのたった一つの蔑称が、僕の10代を形作ったんだ」僕が話すと、みんなとても静かになった。 僕は、群衆の後方近くに立ってた僕と同じ年ごろのフェム・ウーマンを見つけた。僕が話すと、彼女はまるで僕を知っているかのようにうなずいた。 彼女の目は思い出で温かかった。

「怪我したことは知ってる。でも、それを話した経験はあまりない。反撃することも知ってるけど、ほとんどひとりでやる方法しか知らないんだ」

 僕は一歩下がり、人ごみのなかを進んだ。手が伸びてきて、僕の手を握ったり、肩を叩いたりした。ビラを配ってた若いゲイの男性は、僕に微笑んでうなずいた。「あそこでそれを言うのは本当に勇気がいるよ」

 僕は笑った。「その半分も知らないくせに」彼は僕に、エイズに対する政府の怠慢に対する抗議を呼びかけるビラを手渡した。

「ちょっと待ってください」と誰かの声が聞こえた。若いブッチが僕に手を差し伸べた。彼女は僕の旧友エドウィンを彷彿とさせ、一瞬、エドが僕に友情のチャンスを与えるために生き返ったのかと思ったほどだった。

「ぼくはバーニス。きみの言葉がとても気に入った」僕は彼女と握手を交わし、その握手の確かさに彼女の力を感じた。「長いあいだ(クローゼットから)出てたの?」彼女は僕に尋ねた。

 彼女が言ってるのが、僕がゲイである期間が長いという意味なのか、それともゲイのムーブメントを外から眺めてた期間が長いという意味なのか、僕にはわからなかった。どちらも本当だった。

「毎月第3土曜日にコミュニティセンターでレズビアンのダンスがあるんだ。ぼくの友だちを紹介するよ。話ができるかもしれない」僕は肩をすくめた。

 バーニスは肩をすくめた。「外で会おう。みんなで一緒に入ろう。ぼくの友だちがドアを開けてる。みんな一緒なら、誰にも邪魔されない。それがきみが話してたことの一部でしょ?」

 僕は笑った。「すぐにわかるとは思わなかった」

 バーニスは足から足へと動いた。「どうする? 来るかい?」

 彼女は心配そうだった。「ジェス、どうしたの?」

「ルース、僕は話したんだ。シェリダンスクエアで集会があって、みんな立ち上がって話をしたんだ。私は話したんだ、ルース。何百人もの前で。そこにいてほしかった。僕の話を聞いてほしかった」

 ルースは僕に腕を回し、ため息をついた。「あなたの声が聞こえてたのよ、あなた」彼女は僕の耳元でささやいた。「一度沈黙を破れば、それは始まりに過ぎない」

「電話を使ってもいい?」彼女は肩をすくめた。

 僕は誰に会いたいかはっきりわかっていた。僕は17番街の組合事務所に電話し、ダフィを呼んだ。彼の声はすぐにわかった。その親しみのある声に、僕は心が温まった。「ダフィ、ジェスだ。ジェス・ゴールドバーグだ」

「ジェス?」彼は僕の名前を慌ただしく口にした。「ああ、ジェス。俺がしたように、仕事でお前をさらけ出したことを許してくれるか?」

 僕は微笑んだ。「ああ、少し前に許したよ。でも、今日は興奮しているんだ。きみと話したい。いますぐ会いたいんだ」

 ダフィは笑った。「どこにいるんだ? どうして俺の居場所がわかった?」

「ここに住んでるんだ。フランキーがきみが働いている場所を教えてくれたんだ」

「ここまでどれくらいかかる?」

 僕は時計を確認した。「15分くらいかな。ユニオン・スクエアの西側の16番地にレストランがある。そこで会おう」

 ダフィと僕はまだお互いを認識しているんだろうかと思っていた。もちろんそうだ。彼はレストランに入った瞬間に僕を見つけた。彼がブースに近づいた瞬間、僕は立ち上がった。

「ジェス」彼は僕の手を握った。彼はすぐに涙を流した。「ジェス、俺は、お前に謝るのを何年も待ってたんだ」

「大丈夫だよダフィ。わざとじゃないのはわかってる。ただの間違いだったんだ」

 ダフィは頭を下げた。「もう一度チャンスをくれないか?」僕は笑った。

 ダフィは微笑みながら唇を噛んだ。「ありがとう、ジェス」

「まあ、きみはいつもいい友だちだったよ」彼は顔を赤らめた。「座って、ダフィ」

 僕らは自分の人生を大まかに描くことで、すぐに追いついた。

「以前働いてた製本工場から赤っ恥をかいた」とダフィは説明した。「燃え尽きて、飲み過ぎたんだ。その後、酒をやめて組織化の仕事に就き、今も同じ組合で働いてる」

 僕はホルモン剤をやめてニューヨークに移り、いまは植字工をしてると話した。

「非組合員?」

 僕はうなずいた。「ああ。コンピュータが登場したとき、オーナーはまず、それが旧来のホットリード業界をどのように変貌させるかを察知した。だから、旧来のクラフト・ユニオンが組織化の重要性に気づかなかった人々をすべて雇ったんだ。そうやって彼らはローカル6の背骨を折ったんだ」

 彼は、僕を不快にさせるような目で僕を見た。「ジェス、本当に辛かっただろう?」僕は肩をすくめてうなずいた。

「それはお前の顔に表れてる。怖いというより、傷ついているように見える」奇妙なことに、彼はそんな僕を知っていた。

 僕は話題を変えた。「今日、信じられないことがあったんだ、ダフィ。集会の前に立って、マイク越しに話したんだ。工場での様子を伝えたかったんだ。もうすぐ契約が切れるというときに、経営陣がいかにみんなを分断しようと残業しているかをね。『ストライキに勝つには組合員全員の力が必要だったんだ』って言っても、意味が通じるかどうかわからなかったよ」

 ダフィは微笑んだ。「ああ、いまじゃ1つの組合だけじゃないよ」

 「何だって?」僕は叫んだ。

 ダフィは両手を盾のように掲げた。「ただ、考えてみてよ。お前はいつもオーガナイザーだった。複雑なのはわかるけど、お前の人生はいつもそうだった。女性として公然と組織化するのは難しいだろう。でも、できるかもしんない。俺はお前を全面的にバックアップする。他の人たちもそうしてくれると思う。それが難しいなら、どうしたいか言ってくれれば、台無しにしないと約束するよ」

 ダフィは手のひらでテーブルを叩いた。「お前はまだほとんど使ったことのない力を持っている。でもひとりじゃできない、ひとりじゃ無理だ。彼らを理解させることができると思う」

 僕はゆっくりと息を吐いた。「わからないよダフィ。この希望っていうのは、僕にとっては初めてのことなんだ。一度に大きな希望を抱くのはちょっと怖いんだ」

 ダフィは首を振った。「ある種のパラダイスを見るまで生きられるとは言ってない。でも、変化のために戦うだけで強くなれる。何も期待しないと、確実に死ぬ。チャンスをつかめ、ジェス。お前はすでに、世界が変わるかもしれないと考えてる。生きるに値する世界を想像してみて、そのために戦う価値がないかどうか、自問してみるんだ」そのために戦う価値があるかどうか。

「わあ、すごい」としか言いようがなかった。僕はこのすべてについて考えさせられた。

「もう仕事に戻らなきゃ。 明日の夜、もし暇だったら、夕食をおごるよ。 もう少し話そう」

「スケジュールを確認させてくれ」僕はぎゅっと目を閉じた。「うん」僕は目を開けた。「空いてるよ」

 ダフィはゆっくりと振り向いた。「お前にとってその言葉が何を意味するのかわからない。夕食を一緒に食べながら、俺がこの世界をどう見ているか、そしてそのなかで自分の居場所をどう考えてるかを話そうじゃないか」

 僕はうなずいた。「十分だ」


                 □□□


 その夜は暑くて、ほとんど眠ることができなかった。

 気圧と湿度のせいで息苦しかった。息をするのも難しかった。遠くで雷が鳴ってた。  

 僕は自分の人生がどのように変化してるのか、小さなことから大きなことまで考えた。

 そしてテレサのことを考えた。彼女に頼まれた手紙を、僕は一度も書いたことがなかった。いつか近いうちに書けるだろうか。何を書こう? どこに送ればいいんだろう。

 雨が窓を打ちつけた。手紙のことを考えながら眠りにつくと、空に稲妻が走った。その夜、私はこんな夢を見た。


僕は広大な野原を歩いていた。女性や男性、子どもたちが畑の端に立って僕を見ていた。森の端にある小さな丸い小屋に向かった。この場所に来たことがあるような気がした。

なかには僕と同じように変わった人たちがいた。この輪のなかにいる人たちの顔には、僕らの姿がすべて映っていた。僕は周囲を見回した。誰が女性なのか、 誰が女で、誰が男なのか。彼らの顔は、僕がテレビや雑誌で見て育ってきた美しさとは違う種類の美しさを放っていた。生まれつきの美しさではなく、多大な犠牲を払ってでも築き上げなければならない美しさなのだ。

 僕は彼らのなかに座ってることに誇りを感じた。彼らの一人であることを誇りに思った。

 僕らの集まりの中心で火が燃えていた。その輪の最年長のひとりが私の目をとらえた。 

 彼女が生まれつきの男か女かはわからなかった。彼女はあるものを掲げた。

 僕はこの物体の実在を受け入れるべきだと理解した。僕はさらによく見た。それはディネの女性たちが贈る指輪だった。

 苛立ちから生まれた路上での言い争いの音で、僕は眠りから覚めた。この世界に戻りたくなかった。夢に戻ろうともがいたが、目が覚めてしまった。夜明けが近かった。僕は寝室の窓の鍵を開け、非常階段に這い出た。ひんやりとした空気が気持ちよかった。僕は目を閉じ、目を覚ました。

 テレサと別れた夜、僕は夜空を見つめて、自分の未来を垣間見ようとした。牛乳箱に座っていたあの若いブッチに、時間を遡ってメッセージを送れるとしたら、それはこうだろう: 隣人のルースが最近、もしもう一度人生をやり直すとしたら、同じ決断をするだろうかと聞いてきた。僕ははっきりと "イエス "と答えた。

 こんなに大変なことになって本当に申し訳ない。でも、もしこの道を歩んでいなかったら、僕はどうなってただろう? 自分の人生の中心にいると感じた瞬間、夢はまだ僕の記憶のなかで甘草のように編まれてた。

 僕はダフィの挑戦を思い出した。生きる価値のある世界、戦う価値のある世界を想像してごらん。僕は目を閉じ、希望を膨らませた。

 近くで翼の鼓動が聞こえた。僕は目を開けた。近くの屋上にいた青年が、夢のように鳩を夜明けに放った。

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