第2話 初めての呼び方(ギャルside)

 委員長はもう、委員長じゃない。


 それはそう。私だって、分かってるけど……。


「もしかして私の名前、覚えてない?」

「そんなわけないじゃん!」

「だったら、名前で呼んでよ」


 そう言った委員長の顔は、ちょっぴり赤い。


 そりゃあ、いつまでも委員長呼びでいいのかな? とは、ちょっと思ってたけど。

 名前で呼ぶ妄想だって、それなりにはしたけど。


 でも、いざ名前で呼ぶとなると、めちゃくちゃ恥ずかしい……!


 委員長の名前は、葛城涼音。ちゃんと覚えている。というか、好きな人の名前を忘れるはずがない。

 Lineの名前だって、涼音なわけだし。


「恋人なんだから、名前で呼ばれたいわ」


 委員長がからかうように笑う。

 困っている私を見て、楽しんでいるに違いない。


 恋人ってワードを使えば、私が断れなくなるって思ってるんでしょ!


 そして、その通りである。


「……葛城さん」


 そう呼ぶと、委員長はきょとんとした顔になった。


「恋人なのに、下の名前で呼んでくれないの?」

「い、委員長だって、私のこと苗字で呼ぶじゃん!」


 委員長、という私の呼び方もたいがいだけど、天野さんっていうのも、冷静に考えたらちょっと他人行儀な気がする。


「それもそうね」


 委員長はそう言うと、右手で髪を耳にかけた。


 そして、じっと私を見つめる。そして、くすっと笑った。からかうような、甘やかすような、私が好きな笑顔だ。


「翼」


 名前を呼ばれた瞬間、心臓が飛び跳ねた。


「ちょっと。せっかく名前で呼んだのに、どうして俯くのよ」


 くすくすと笑っている委員長は、きっと私の内心なんてお見通しだ。


 恋人になってからの委員長、前よりずっと心臓に悪い気がする……!


「私のことも、名前で呼んで?」

「す……」


 上手く口が動かない。緊張すればするほど恥ずかしくなるだけだと分かっているのに。


 人の名前を呼ぶのをこんなに恥ずかしいと思ったのは、生まれて初めてだ。


「……涼音」


 名前を呼んで、ちらっ、と委員長を見る。

 よくできました、なんて表情で笑ったのは一瞬のことで、委員長はすぐににやけ始めた。


「可愛いけど、ちょっと破壊力がありすぎるわね」

「破壊力ってなに、破壊力って」


 委員長は時々オタクっぽい。

 相変わらず、いちごの配信では誰よりも熱狂的なコメントをしてくれるし。


 なんだか照れくさくなってきて、私はサンドイッチにかぶりついた。





「翼、ポップコーンどれにする?」


 映画館の売店でメニューを見ながら、わざとらしく委員長がそう言った。


 委員長、私のことどきどきさせたり、からかうの好きなんだよね。

 どうして? なんて聞かない。だってたぶん、真っ赤になっちゃうようなことを言われるだろうから。


「ペアセットにしようよ、涼音」


 私もわざとらしく委員長の名前を呼ぶ。

 私たちは見つめ合った後、同時に笑い出してしまった。


「まあ、ゆっくり慣れていけばいいわよね」

「うん、どうせ、ずっと一緒にいるんだし」


 委員長の目を見て、にっこりと笑う。


 私だって、委員長がどきどきするような言葉は分かるんだから!


「……天野さん」


 真っ赤になった顔で、委員長が私を見つめてきた、その時。


「あの、お客様、ご注文は……」


 店員さんが、気まずそうにそう言ってきた。

 慌てて周囲を確認すると、私たちの後ろに列ができてしまっている。


 やばい、二人の世界に入りすぎちゃった……!


 私たちは大慌ててメニュを確認し、キャラメル味のLサイズポップコーンを一つと、コーラを二つ頼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る