番外編① 名前で呼んでよ!

第1話 私の名前(委員長side)

「委員長、帰ろ」


 私を見て、天野さんがにっこりと笑う。

 いつもより明るい笑顔なのはきっと、私たちがこれからデートに行くからだ。


 そんなに私とのデートが楽しみだったなんて、可愛すぎない?


 いつもより気合の入ったメイクも、きちんとセットされた髪も、全部が愛おしい。


「ええ」

「映画まで、まだ結構あるよね。先にお昼ご飯食べよっか」

「そうね。お腹も空いたし」


 二人で並んで教室を出る。

 今日は、今年度最後の授業だった。

 つまり、私と天野さんが同じ教室で過ごす最後の日だったのだ。


 今日、デートの約束をしていてよかった。

 そうじゃなかったから、今頃寂しくて泣いていたかもしれない。


 三学期最後の今日は午前授業で、平日でありながら長時間デートを楽しむことができる。


「委員長、なに食べたい?」

「そうね……映画を見ながらポップコーンを食べるなら、軽めでいいかも」

「じゃあ、フードコートとかでいい?」

「いいわよ」


 天野さんと一緒なら、なにを食べたって美味しいし。





 学校の最寄駅から電車に乗って、映画館のあるショッピングモールにやってきた。


 映画館の二階下にあるフードコートは、平日だからかあまり混んでいない。


 天野さんと私はファーストフード店でちょっとヘルシーなサンドイッチを注文し、席に座った。


 私たちが今日見るのはホラー映画だ。

 古い屋敷に迷い込んだ少年少女たちが恐ろしいピエロに出会ってしまい……という、定番のホラーである。


 デートなんだから恋愛映画でも、と思ったものの、二人で公開中の映画一覧を見た結果、ホラー映画に軍配が上がったのだ。


「委員長って、普段ホラー映画とか見る?」

「あんまり。っていうか、映画自体たまにしか見ないわ」


 一人で映画館に行くほど映画が好きなわけじゃない。それに、家族で映画やドラマが見れるサブスクには加入しているけれど、なかなか利用できていない。


 忙しくて、なかなか映画を見る時間なんて作れないのよね。


「天野さんは?」

「たまに友達と映画館で見るくらいかな。でも映画って、デートっぽくていいよね」


 そう言って、天野さんはにこっと笑った。


「手でも繋ぎながら見ちゃう? どうせ暗いし」

「……そうね。せっかくだから」


 天野さんは、スキンシップが好きで甘えたがりだ。

 付き合い始めてから知ったことである。


 二人きりになるとすぐ手を繋ぎたがるし、甘えるように身体をくっつけてくる。

 可愛くて仕方ない。


「今度さ、家で一緒に映画見ない? お菓子買い込んで、喋りながらだらだら見るの。

 映画館もいいけど、家でのんびり見るのもよくない?」


 天野さんの提案に、私はすぐ頷いた。

 だって、あまりにも魅力的な提案だったから。


「春休み、一日くらい空いてる日あるでしょ?」

「そうね。ほとんど塾だけど」

「本当、委員長の塾って忙しそうだよね」


 寂しそうに言って、天野さんがサンドイッチにかぶりつく。


 可愛い。可愛い……けど。

 今日こそ、言わなくちゃ。

 前から言おうと思ってたけど、タイミングがなかなか掴めなかったのよね。


「天野さん」

「なーに?」

「私もう、委員長じゃないのよ」


 明日からは春休みで、新学期には新しいクラスになる。

 私はもう、学級委員長じゃない。


 たぶん来年はもうやらないし、そもそも、天野さんとはクラスが違う。


「だから、ちゃんと名前で呼んでくれない?」

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