第69話 恋人たちの季節(委員長side)

 塾を出て駅へ向かうと、人の多さにびっくりしてしまう。

 駅前のイルミネーションはちょっと有名で、この時期になるといつも混雑するのだ。


 特に今日は、12月24日、クリスマス・イブである。

 手を繋いだ幸せそうなカップルたちが、きらきらと輝くイルミネーションを見ている。


 人混みを抜けて改札をくぐろうとした直前に、私はふと足を止めた。

 振り返って、イルミネーションの写真をスマホで撮る。


 何枚か撮ってみて、一番いい写真を天野さんへ送ってみた。


 返事はすぐにはない。天野さんはまだアルバイト中だから。


 日付が変わった瞬間に、メリークリスマス! と天野さんからLineがきた。


 一番に私に送ってくれたんだと思うと嬉しくて、ついスクショしちゃったのよね。


 今日は珍しく、家族そろって食事をとることになっている。

 正直、少し気が重い。


 本当は、天野さんとクリスマスパーティー、したかったな。


 有名なお店のクリスマスケーキなんてなくたっていい。

 コンビニの小さなケーキでいいし、ご飯だってコンビニの物でいい。


 天野さんと二人で笑って過ごせたら、きっとそれが一番楽しいクリスマスだ。


 こういう時に頭に浮かぶのは、やっぱり天野さんなのよね。

 まあ、いちごちゃんとは話したことなんてないから、当たり前かもしれないけど。


 改札をくぐり、ホームで電車を待つ。

 今日は、いつもより電車を待つ人の空気が明るい。


『もうすぐ帰るわよね?』


 お母さんからのメッセージだ。うん、とだけすぐに返事を送る。


 あれから、お母さんと大きな喧嘩はしていない。

 私がいい成績をとっているからなのか、お母さんが少しは反省したからなのかは、分からないけれど。


 お母さんもきっと、私までいなくなったら困る、と思ったんだわ。


 私が母に反発し、兄のように家を出る。きっとそれが、母が一番恐れていることだ。

 もしそんなことになれば、きっと母は祖父と父からものすごく責められるだろうから。


「……あー、天野さんに会いたい」


 今すぐ会って、天野さんの笑顔が見たい。

 天野さんに会えない冬休みなんて、大嫌いだ。





「あっ」


 食事と入浴を済ませて勉強していると、スマホが鳴った。

 天野さんからの電話だ。


 慌てて電話に出る。ちら、と時計を確認すると、もうすぐ日付が変わりそうな時間だった。


『委員長、起きてた?』

「うん。起きてた」

『よかった。寝てたら起こしちゃいそうで、ちょっと心配だったから』

「別に、いくらでも起こしていいから」


 睡眠より、天野さんからの電話の方がずっと大事だ。


『なんか用があったわけじゃないんだけど、話したくて。クリスマスだし』


 クリスマスだし、という言葉で、今日の駅前の様子を思い出す。

 幸せそうなカップルで溢れていた。


 クリスマスって、そういうイベントよね。

 そういう日に私と話したいなんて、なにか理由があって言ってるのかしら。


「ねえ、天野さん」

『なに?』

「どうしてクリスマスだと、私と話したいの?」

『えっ!? ほら、それはその、年に一回しかない特別な日だし!』

「特別な日だと、私と話したいの?」


 天野さんは黙ってしまった。

 きっと今頃、顔を赤くしているんだろう。


 天野さんの顔、見たいな。


「ねえ、ビデオ通話にできない?」

『え? あ、えっと、私もうメイク落としちゃったから……』

「だめ? クリスマスだから、天野さんの顔が見たいんだけど」


 自分で言ったくせに、頬が熱を帯びていくのが分かる。

 こんなこと、クリスマスじゃなかったら、きっと言えてない。


『スクショとか、絶対撮らないでよ』


 天野さんがそう言うのと同時に、ビデオ通話が始まった。


 確かに、メイクを落とした顔はいつもと違う。

 でも、相変わらず可愛い顔だ。


 それに……


「もしかして天野さん、今リングライト使ってる? いちごちゃんの配信と画角一緒だし」


 私がそう言うと、天野さんはわざとらしく溜息を吐いた。


『こんな日にまで、オタク発揮しなくていいから!』


 呆れたような、怒ったような顔も可愛い。


「ごめん、天野さん。

 それから、改めて、メリークリスマス」


 天野さんはとびきりの笑顔で、メリークリスマス、と返してくれた。

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