第70話 このまま(委員長side)

 結局、私たちは日付が変わるまでビデオ通話を続けていた。

 どうせなら、25日を一緒に迎えたくて。


 電話を切った後は勉強に戻る。

 楽しい時間を過ごした分、ちゃんと頑張らないと。


 天野さんはもう眠っただろうか。


 明日も朝からバイトだって言ってたし、眠ってそうね。


 数学の問題集を解きながら、天野さんとのビデオ通話を思い出す。

 時折恥ずかしそうに素顔を隠す天野さんは可愛くて、こっそりスクショを撮りたくなってしまったほどだ。


 天野さんと私の関係に、明確な名称はないと思う。

 友達、と呼ぶにはきっと近いし、もちろん恋人だなんて言えない。

 オタクと推し、というには、たぶん近づき過ぎてしまった。


 曖昧で、だからこそ心地いい距離感。


「……このままでも、いいのかしら」


 関係性を進める必要なんて、ないのかもしれない。


 だって、今のままで十分、幸せなんだもの。


 踏み込み過ぎて、曖昧な関係まで壊れてしまうことが怖い。今天野さんを失えば、きっと私は上手く立っていられない。


 このまま、今の私たちのままで、来年も再来年も、一緒にクリスマスを過ごすことはできないのだろうか。


「天野さんは、どう思ってるのかしら」


 天野さんの好意を感じとれないほど鈍くはない。

 けれど天野さんが求めているものを全て察せるほど鋭くもない。


「天野さんは、私と付き合いたいのかな」


 私は、今まで誰かと付き合ったことなんて一度もない。

 だから、恋人同士がなにをするかなんてよく知らないし、友達とどう違うのかも理解していない。


 だからこそ、恋人同士になった方がいい、なんて断言はできないのだ。


 そりゃあ、友達と違って唯一無二の存在かもしれないけど。

 でも、だからこそ、終わりがきちゃうでしょ?


 もし天野さんと付き合ったとして、その先はどうなるのだろう。

 恋人じゃなくなったら、会えなくなってしまうのだろうか。


 付き合う前から、別れる想像なんてしたくはない。だけど、私は臆病だから、あれこれと先のことを考えてしまう。


 終わるくらいならいっそ、始まらない方がいいんじゃないの?


 そう考えてしまうくらいには、私は天野さんのことが好きなのだ。





「涼音、今日は塾が終わったらすぐに帰ってくるのよ」

「うん、分かってる。おばあちゃん家に行くんでしょ」

「ええ。お母さん、涼音の好物を用意して待ってるって言ってたわ」


 行ってきます、と言って家を出る。

 今日で、年内の冬期講習は終わりだ。


 12月29日。今年ももう、今日を入れて3日しか残っていない。


 玄関を出ると、冷たい風が頬を撫でた。


 今日は母方の祖父母の家へ行く。祖父母の家は埼玉のはずれにある。電車でも行けるが、母と行く時は母が運転する車に乗っていく。


 父は、もう何年も母方の実家へは行っていない。

 仕事が忙しいからというのは嘘じゃないだろうけれど、それだけじゃないことはもう分かっている。


 私個人としては、母方のおばあちゃん家に行くのは好きだ。

 実家にいる時のお母さんは、いつもより少しだけ穏やかな気がするし。


「……お母さんたちにも、恋人だった頃があるわけよね」


 両親は研修医時代に病院で出会い、付き合い始めたと聞いている。

 今の二人からは想像もつかないけれど、らぶらぶなカップルだった時代もあるのだろうか。


 近すぎると、楽しいだけの関係じゃいられないのかしら。


 私は、天野さんのことが好きだ。見た目だけじゃなくて、彼女の内面にも惹かれている。

 自分と違うところを好ましく思うし、尊敬もする。


 でも、ずっと一緒にいるうちに、そんな気持ちが変わることもあるのだろうか。


 想像するだけで怖くなって、頭を大きく振った。

 考えてばかりいても、何にもならないのに。


 駅について、スマホを確認する。

 天野さんからメッセージが届いていた。


『おはよ、委員長! 今日で塾最後でしょ? 頑張ってね! あ、でも、無理しすぎちゃだめだらね!』


 メッセージを見ただけで、自然と笑顔になってしまう。


「やっぱり、しばらくはこのままでもいいのかも」

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