第66話 誰へのどきどき?(委員長side)

「委員長、おはよ!」


 そう言って私の顔を覗き込んでくる天野さんの笑顔が眩しい。

 思わず目を逸らしてしまうと、天野さんは呆れたように笑った。


「さすがに、そろそろちゃんと私の目、見てよ」

「……いや、だって……」


 真剣な話をしている時はともかく、日常では相変わらず天野さんの顔にどきどきしてしまう。


 だって、こんなに可愛いんだもの。


「そうだ、あのね」

「どうしたの?」

「私、今度自分でワンピースを作ってみようと思うの」

「自分で? すごい」

「あ、でも、全部自分でやるわけじゃないの。まずは既製品の安いワンピースに、レースとかリボンとかいろいろつけて、それっぽくしてみるつもり」


 ほら、と天野さんはスマホの画面を見せてくれた。

 通販サイトの購入履歴である。


 画面に表示されていたのは、2000円くらいの真っ白なワンピースだ。


「これ、激安通販サイトのやつ。委員長、知ってる?」

「……ごめん、知らないわ」


 通販サイトなんて、大手の物しか分からない。

 怪しい通販サイトは利用しない、というのがうちの方針だからだ。


「だよね。ここ、めっちゃ安いの。まあ、商品のあたりはずれ多いし、たぶんこれも生地ペラペラなんだろうけど」


 確かに、2000円で質のいいワンピースが買えるとは思えない。


「でも、アレンジすれば可愛くできるだろうし、上手くいくか分かんないのに、最初から高い材料は使えなくて」


 でもレースとかは可愛いやつ買いたいんだよね、と言う天野さんは本当に楽しそうだ。

 楽しそうな天野さんを見ていると、私まで嬉しくなってくる。


「できあがったら、見せてくれる?」

「もちろん! 委員長に一番最初に見せてあげる!」


 可愛すぎる言葉に、きゅんっ、と私の心臓が飛び跳ねた。


 しかしそのすぐ後に、私はふと冷静になってしまった。


 今のって、いったい、誰にどきどきしたんだろう?


 天野さん? それとも、いちごちゃん?

 どっちが最初に見せてくれることが、私は嬉しいの?

 

「委員長? どうかした?」

「い、いや、なんでもないわ。天野さんが見せてくれるの、楽しみにしてるから」


 どうしよう。

 私はただでさえ、天野さんへの感情がなんなのかをはっきりとは分かっていなかった。

 そんな中で、天野さんがいちごちゃんだと知ってしまった。


 余計に、自分の気持ちが分からなくなってしまう。





「……はぁ」


 スマホの画面を見て、溜息を吐く。

 画面に表示されているのは、可愛い可愛い、大好きないちごちゃんだ。

 いつもなら、いちごちゃんを見て溜息を吐くなんて考えられない。


 だけど。


「私、いちごちゃんのこと、どういう好きなんだろう……」


 いちごちゃんは大好きな推しで、心の支え。

 ずっとそう思ってきた。

 いつかイベントで会いたいとは思っていたけれど、現実で知り合いになれるなんて、想像もしていなかった。


 だから今までは、『オタクとして好き』という選択肢しか、私には与えられていなかったのだ。


 でも、今は違う。


 たとえば私は、いちごちゃんの恋人になれる可能性だってある……かもしれない。


「でも、いちごちゃんは天野さんで、天野さんがいちごちゃんで……」


 ああだめだ。考えれば考えるほど混乱してきた。


「そもそも私って、恋愛対象、女の子なの?」


 目を閉じて、まずはいちごちゃんとキスをする想像をしてみる。


 うん。最高。ずっとしていたいかも。


 次は天野さんだ。


 やっぱり最高。じらして、照れた顔が見たい。


「私、どっちが好きなの?」


 天野さんといちごちゃんは同一人物だ。だから、どっちも好き、でいいのかもしれない。

 でも、それでいいのだろうかと、少しもやもやする。


 あー、もう、どうしたらいいの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る