第65話 最高……ってこと!?(委員長side)

 塾が閉まるギリギリの時間に、私は自習室を出た。

 冷たい夜の風が容赦なく私を包み込む。


「さむ……」


 早足で駅へ向かう。駅の中に入ると、少しだけ寒さがマシになった。


 スマホを鞄から取り出し、SNSをチェックする。

 天野さんからLineはきていないし、いちごちゃんもSNSを更新していない。


 再びスマホを鞄に戻し、改札をくぐる。タイミングがいいことに、電車がすぐにやってきた。


 日曜日のこの時間だと、ちゃんと座れるのよね。


 椅子に座り、軽く息を吐く。


 それにしても、天野さんがいちごちゃんだったなんて。


 なんだか、いまだに慣れない。


 私がストロベリーナイトだと知っても、天野さんが引かずにいてくれて本当によかった。

 正直、ドン引きされてもおかしくないと思っていたから。


 それに私、前に天野さんの前でいちごちゃんについて語ったことあるわよね。

 要するに、本人の前で、いちごちゃんの魅力を熱弁したわけでしょ?


 できることなら、記憶から消してしまいたい。


 それに、これからどうすればいいのよ?


 ストロベリーナイトとしてもよろしく、って天野さんには言ったけど……。


 これまで、ストロベリーナイトとしてしてきたコメントの数々を思い出す。

 それを自分の発言として認識されているのだと考えるだけで、恥ずかしくて死にそうだ。


 でも、いちごちゃんの配信なしじゃ生きられないし、これからもコメントはしたい。


 声にならない声が口からもれて、私は両手で頭を抱えた。





『見て! お母さんからミシンもらったの!』


 風呂上がりにスマホを確認すると、天野さんからLineが届いていた。

 メッセージと共に、新品のミシンの写真が送られてきている。


 何か作るの? と送ると、すぐに返信がきた。


『ロリータ服、自分で作ってみたくて』


 その文章と共に、『ロリータの作り方』と表紙に書かれた本の写真が送られてきた。

 インターネットで検索してみる。

 どうやら、初心者向けにロリータ服の作り方を紹介している本のようだ。


 いちごちゃん……っていうか天野さん、ヘッドドレス作ってたものね。

 これからはヘッドドレスだけじゃなくて、服も作るのかしら。


 ……待って。

 そんなこと、いちごちゃんは配信で言ってないわよね?

 つまり、誰も知らないはずのいちごちゃんの情報を、私だけが知っちゃったってこと?


 ……やばい。


 思わずにやついてしまう。


 いやいや、これはあくまで天野さんが友達として教えてくれた話よ。

 いちごちゃんが、一人のオタクだけを贔屓して教えてくれたわけじゃないわ。


 でもまあ、状況的には、一緒よね。


 他のファンが知ることのできない特別な情報を、私はたくさん知っている。


 オタクとしては、これ以上のシチュエーションはない。


「それに天野さんだって、私以外にはいちごちゃんだって話してないはずよね」


 私は、いちごちゃんの秘密を知っているだけじゃなくて、天野さんの秘密も知っている。

 人気者で友達の多い天野さんの秘密を、私だけが知っているのだ。


「これって、最高なんじゃないの?」


 画面で見ることしかできなかった大好きな女の子が実は近くにいて。

 近くにいる大好きな女の子が実はずっと心の支えにしていた推しで。


 もしかしたら、これってすごく、素晴らしいことなんじゃないだろうか。


「うん、そうよ。どうせ今から態度を変えたって、私がいちごちゃんの最古参オタクなことは知られちゃってるんだし……!」


 だったら今まで通り、ストロベリーナイトとして全力でいちごちゃんを推すしかない。


 それに、秘密を共有した者同士、天野さんとの友人関係だって、これからもっと深めていけるはずだ。

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