第64話 やっぱり、大好き(ギャルside)

「天野さん、ちょっとは落ち着いた?」

「……うん、ごめん」


 かれこれ30分くらい、私は泣き続けていた。

 窓ガラスに映る私のメイクはぼろぼろだ。

 アイラインは完全にとれてるし、マスカラが滲んで瞼がちょっと黒くなっちゃってるし。


「天野さんがいちごちゃんだって言えなかったのは、仕方ないわ。

 事情もあるだろうし、私がいちごちゃんを好きなことも知っていたし」

「……うん」


 一番の理由は、いちごちゃんじゃなくて、天野翼としての私も好きになってほしかったから……なんだけど。


 さすがにそれは言えない。だって、告白になっちゃうから。


 こんなボロボロの顔で告白なんてできないって!


「……天野さんは、私がストロベリーナイトだって知って、引かなかったの?」

「えっ、なんで?」

「だって、自分で言うのもなんだけど、かなりのオタクじゃない……」


 確かに、ストロベリーナイトさんは尋常じゃないレベルのオタクだ。

 配信はほぼ皆勤、スパチャ額だってかなり高い。


「気持ち悪くないの?」

「そんなわけないじゃん! 応援してくれる人はみんな大好きだし、中でもストロベリーナイトさんはずっと昔から支えてくれる、大事なファンだよ!?」


 あ、まずい。

 大声を出し過ぎてしまった。


 何事かと周りの客が私たちを見つめる。私は慌てて頭を下げ、軽く深呼吸をした。


「……それに、ずっといちごを好きでいてくれた人が委員長で、嬉しかったよ」


 じわ、と委員長の目に涙がたまった。


「え、委員長、どうしたの?」


 委員長が右手で涙を拭う。そして、ほっとしたように息を吐いた。


「安心したわ。ストロベリーナイトだって言ったら、引かれちゃうんじゃないかって、怖かったから」

「絶対、そんなことないから!」


 必死に伝えると、委員長はくすっと笑ってくれた。

 よかった、と呟いた委員長の笑顔に、どきっと心臓が跳ねる。


「これで私たち、もう秘密なんてないわね」


 委員長が笑う。

 確かに、その通りだ。


 まあ、私が委員長を恋愛的な意味で好きだっていうことは、まだ伝えられていないんだけど。


「うん。なんか、すっきりした」

「私もよ」


 顔を見合わせ、大声で笑い合う。


「ジュース、とりに行かない?」

「そうね。天野さん、おすすめの混ぜ方、また教えてくれない?」

「もちろん!」


 心が軽くなった。

 これからはバレるかも、なんて心配しなくていいし、いつ伝えようか、なんて悩む必要もない。


 なんか、これでよかったのかも。


 それに私、今日でもっと委員長のこと好きになっちゃった。





「じゃあ、私そろそろ帰らないと」

「うん。お母様との誕生日パーティー、楽しんでね」


 駅の前で、手を振って別れる。

 委員長は家へは帰らず、このまま塾へ向かうらしい。


「あ、ねえ、天野さん」


 改札をくぐる直前に、委員長が慌てて振り向いた。


「これからも、その、葛城涼音としても、ストロベリーナイトとしても、よろしく……!」


 委員長が差し出した手は震えている。

 すぐに、その手をぎゅっと握った。


「もちろん! これからも、ずーっとよろしくね!」


 末永く、と心の中で付け足す。

 委員長は笑顔で頷いて、改札をくぐっていった。





「おかえり、翼」


 家へ帰ると、お母さんが笑顔で迎えてくれた。

 それに、唐揚げのいい匂いもする。


 揚げ物なんて面倒くさいのに、誕生日だから作ってくれたんだ。


「ただいま、お母さん」


 靴を脱いで部屋に上がる。

 テーブルの上には唐揚げの他にも、私が好きな料理がたくさんおいてある。


 きっと冷蔵庫には、近所の洋菓子店で買ったケーキが入っている。

 私の誕生日には、お母さんは毎年ホールケーキを用意してくれるのだ。


「美味しそう!」

「ちゃんと手洗ってから食べるのよ」

「分かってるって。あ!」


 テーブルの横に、ラッピングされた大きな箱がある。

 私が家を出る時にはなかったものだ。


「これ、誕生日プレゼント!?」

「そうよ。開けてみて」


 なんだろう? いつもに比べると、ちょっと大きいよね?


 去年の誕生日プレゼントはピアスだった。その前は腕時計。

 どっちも、大切に使っている。


 わくわくしながら、丁寧にラッピングを開く。


「ミシン!?」


 驚いて顔を上げると、得意げな顔をしたお母さんと目が合う。


「服作り、興味あるんでしょ?」

「知ってたの?」

「そりゃあ、母親だもの。……っていうのは冗談。だって最近、あの本ばっかり見てるじゃない」


 あの本、というのは、先日買った『ロリータの作り方』のことだろう。


 ミシンがあれば、ヘッドドレスだけじゃなくて、服を作ることもできる。


「ありがとう、お母さん!」


 欲しいと思ってはいたけれど、高くて買う勇気が出なかったのだ。


「喜んでくれてよかったわ」

「本当に嬉しい!」


 これで、今度は違うものを作ってみよう。

 そうすれば、もっとときめける気がする。

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