第54話 新しい自分(委員長side)
「あれ、今日委員長コンタクトなの? 珍しいね!」
教室に入ってくるなり、天野さんがそう言ってくれた。
ええ、と頷きながらつい眼鏡を触ろうとしてしまう。
いつもかけてると、なかなか癖が抜けないのよね……。
「そうなの。ちょっと、気分を変えたくて」
「いいじゃん! 似合ってる! あ、もちろん、いつもの眼鏡も似合ってるけどね」
さらっとこういうことを言えてしまうのは、天野さんの魅力の一つだろう。
今朝、コンタクトを入れてみたのはただの気紛れじゃない。
今日の放課後、美容院に行くからだ。
見た目を変えて気分を変える……なんて、自分でも単純な考えだと思う。
けれど過去の自分とは違うのだと、視覚的に感じられることも大切だと思ったのだ。
「でも、なんかあるの? 急にコンタクトなんて」
「ううん。そういうわけじゃないの。たまたまよ」
そっか、と頷きつつ、天野さんは不思議そうな顔をしている。
分かりやすい表情が可愛くて、つい本当のことを話したくなってしまう。
だめだめ。後から、驚かせようって決めたんだから。
今日は金曜日で、次に私たちが会うのは明後日の日曜日。
つまり、天野さんの誕生日だ。
私はサプライズでプレゼントを渡す予定。
その上髪型も変わってたら、きっと天野さんはびっくりするわ。
天野さんが驚いた顔を想像するだけでにやけそうになってしまう。
「どうしたの、委員長。にやにやして」
「えっ、嘘?」
顔に出てた?
そんなはずは……なんて思っていると、天野さんが悪戯っぽく笑った。
「嘘だったんだけど、委員長、内心にやにやしてたの?」
天野さんがからかうように顔を覗き込んでくる。
あまりにも顔が近くて、反射的に立ち上がってしまった。
天野さんとの距離はもうかなり縮まったというのに、私はまだ彼女の可愛すぎる顔に慣れていない。
というか、慣れる日がくるんだろうか。
♡
学校が終わってすぐ、私は電車に乗って美容院へやってきた。
今日は塾もないし、夜にはいちごちゃんの配信がある。
だから、できるだけ早い時間を予約したのだ。
「……なんか、場違いかな」
私が予約したのは、新宿にあるカットが上手いと評判の美容院だ。
いつもは小さい時から通っている近所の美容院だから、ここにくるのは初めてである。
お母さんも私の髪が急に短くなってたら、きっとびっくりするだろうな。
別に、髪を伸ばせと言われているわけじゃない。
コンタクトをつけることに反対されているわけでもない。
だけどお母さんは、私が勉強以外のことに強い関心を持つのを嫌がっていた。
だから急に見た目を変えたり、お洒落に興味を持ち始めたら、お母さんは慌てるだろう。
勝手に慌てればいいわ。
ささやかすぎる反抗だ。でも、今までの私を考えれば成長だろう。
すう、と大きく深呼吸をして、美容院の扉を開ける。
私は胸を張って、中へ入った。
♡
「それにしても、ばっさり切っちゃいましたね!」
綺麗な銀髪の美容師さんが、鏡に映る私を見て言った。
私もまだ、新しい自分の姿に慣れない。
「でも、お似合いですよ。お客さんも、気に入ってくれました?」
腰まであった長い髪はもう、顎の少し下くらいまでしかない。
頭もかなり軽くなった。
「……はい。その、まだ、ちょっと慣れないんですけど」
「ここまで変わると、そうですよね。でもお客さん、ショートも最高に似合ってますから、安心してください!」
確かに、自分でも似合うと思う。
コスプレ喫茶で男装した時から思ってたけど、私ってわりとボーイッシュっていうか、中性的なメイクやヘアスタイルが似合うのよね。
それに天野さんも、格好いいって、いっぱい褒めてくれたし。
今の私の方が、天野さんのタイプだといいんだけど。
「ただ、ショートってロングより髪が跳ねやすいので、そこは気をつけてくださいね」
「そうなんですか?」
「そうなんです! 基本、毎朝ヘアアイロンは必須だと思ってください。それと、ヘアセットするなら、バームなんかもおすすめですよ」
「バーム……?」
どうしよう。そんな言葉、いちごちゃんの配信でも聞いたことない。
いちごちゃんは髪を固めるために、スプレーを愛用してるって言ってたわよね。
「よかったら、当店のを買っていかれますか? 市販の物よりもやっぱりいいですよ」
たぶん、美容院で買うとそこらへんの薬局で買うより高いわよね。
天野さんへのプレゼントもあるし、お金はとっておきたい。
でも……。
「ください」
天野さんが褒めてくれるかもしれないし。
それに、天野さんの隣に立つなら、私だってちょっとはお洒落すべきよね。
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