第53話 決意と宣言(委員長side)

 玄関の前で大きく深呼吸する。

 そして、ゆっくりと家のインターホンを押した。


 ガタッ! と大きな音を立ててすぐに扉が開く。

 ぼさぼさの髪に、目の下の濃いクマ。

 きっとお母さんは、一晩も眠っていないんだろう。


「ただいま」

「涼音! どこに行ってたのよ!」


 お母さんは私の両肩を掴んだ。


「友達の家」

「友達? 誰よ! あんな時間に……。最近、貴女をそそのかしている子ね? そうなんでしょう? 教えなさい、お母さんがちゃんと連絡するから……!」


 目を吊り上げて、お母さんが何度も私の肩を揺さぶる。

 もし天野さんの名前を伝えたら、お母さんは本当に連絡するだろう。


「違うわ。私、最近その子のおかげで毎日が楽しいの」

「涼音?」

「来週も遊びに行くけど、そそのかされたからじゃない。私の意志で行くの」


 背筋をピンと伸ばして、お母さんを睨みつける。

 私はもう、お母さんの機嫌をとるのはやめた。


 謝って、お母さんの言う通りにするから、なんて言わない。そんな自分じゃ、胸を張って天野さんの隣に並べない。


「涼音! その子が貴女にそう言えって言ったの? そうよね? 涼音がそんなこと言うはずないもの。そうなんでしょ?

 まさか男じゃないわよね? ねぇ。涼音!!」


 あまりの圧に、俯いてしまいそうになる。

 でも、今日は、お母さんから逃げるつもりはない。


「お母さんには、関係ないでしょ」


 私の言葉に、お母さんが大きく目を見開いた。

 心の中に、罪悪感が少しだけ生まれる。


 お母さんにはたぶん、悪気はない。本気で私のためだとも思っているはず。

 そんなお母さんにとって、この言葉はかなりきついはずだ。


 でもね、お母さん。

 私、貴女のお人形にはなりたくないの。


 黙って、お母さんの言うことをひたすら聞いていた私はもういない。

 天野さんに出会って、私は変わった。変わりたいと思えるようになった。


「私、今まで通り勉強は頑張る。今度の模試では、お母さんが納得するような点数と偏差値をとってみせる。

 お母さんの第一志望にだって、私は合格してみせる」


 たぶん、意地みたいなものだ。

 それにきっと、お母さんの期待を越えなきゃ、って気持ちがずっと私の中にある。

 その呪いは、簡単には消えてくれない。


「だから、私の好きにさせて」


 お母さんの手をどけて、自分の部屋へ向かう。

 涼音、と名前を叫ばれたけれど、一度も振り向かなかった。


 階段をのぼって自室へ入り、素早く内側から鍵をかける。

 すぐに部屋の扉を激しくノックする音が聞こえた。


「言えた……!」


 お母さんがどう思ったかは分からないし、これからお母さんがどうなるかは分からない。

 でも初めて、言いたいことをちゃんと言えた。


 それが嬉しくて、顔がにやけてしまう。


「ああ言ったんだから、ちゃんとやらないとね」


 勉強机に、参考書とノートを広げる。

 今日は部屋にこもって勉強だ。


「……そうだ」


 スマホを取り出し、天野さんとのトーク画面を開く。


『私、ちゃんとお母さんに言いたいこと言えた』


 返事はないし、既読もつかない。

 たぶん、二度寝しているのだろう。

 でもきっと、気づいたら、おめでとう! と天野さんは送ってくれる。


「……来週、誕生日なのよね」


 せっかくだし、なにかプレゼントを渡したい。日頃のお礼を伝えるチャンスなのだから。


 天野さんは何をあげたら喜んでくれるだろう?

 優しいから、何をあげたって喜んでくれそうだけれど。


 想像するだけで楽しい。誰かへあげるプレゼントを選ぶことがこんなに楽しいなんて、今まで知らなかった。


「よし!」


 天野さんの誕生日をちゃんと祝いたいし、プレゼントも買いに行かなきゃいけない。

 そのためにも、今はしっかりと勉強を頑張っておかないと!

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