第49話 未来のこと(委員長side)

 私の腕の中で、天野さんが泣いている。

 抱き締めた身体は、折れてしまいそうなほど華奢だ。


 ……こんな時でさえどきどきするなんて、私、おかしいのかな。


 でも、胸が高鳴る。

 可愛くて、可愛くて仕方ない女の子。でももう、私にとって天野さんはそれだけの存在じゃない。


 こうして涙を流す天野さんは、私と一緒だ。

 不安なことやコンプレックスがたくさんある、ただの女の子。


「委員長」

「うん」

「私、どうしたらいいんだろ」


 私を見つめる瞳は、不安そうに揺れていた。

 幼い子供みたいな目だ。


 正直、お金がない、という悩みを分かってあげることはできない。

 生まれた時から金銭的に不自由はしていないし、必要以上のお小遣いを与えられてきた。


 きっと……すごく、先のことが心配になるのよね。


 私たち子供にとって、親の経済状況はすごく大きな意味を持つ。

 そしてそれは、本人の努力ではどうにもならない。


「天野さんは……どうしたいの?」

「……分かんない」


 ゆっくりと天野さんは首を横に振った。


「じゃあ、天野さんは、何が好きなの?」

「……可愛いもの」


 ぼそっと呟いて、天野さんは恥ずかしそうに下を向いた。


 そんな天野さんが、一番可愛い。


「じゃあ、興味があるのはコスメとか、服飾系?」

「……そう、なのかな」


 天野さんが抱えている不安は漠然としたものなのかもしれない。


 私たちは来年、高校2年生になる。

 まだ大人には遠いけれど、先のことを考えずにいられるほど幼くはない。


 ただでさえあれこれ悩む時期なのに、お金がないとなれば、なおさらよね。


 かなり古そうなアパートで、エレベーターもない。

 しかも駅からはそこそこ遠い。


 そんな家に暮らしているのだから、天野家に経済的な余裕はないはずだ。


 そんな中で天野さんはアルバイトをしている。

 きっとコスメや服なんかは自分で買ったのだろう。


 バイトができなくなれば、そういうのも買えなくなるのよね。


 それは、天野さんのようにお洒落な女子からするとかなりきついはずだ。

 周りから浮いてしまうかもしれない。


 天野さん、家庭のことを内緒にしているみたいだし。


 しかし大学受験に向けて、アルバイトを継続することができなくなるかもしれない。

 そうじゃなくたって、受験にはいろいろとお金がかかる。


「委員長は? 本当は、医者にはなりたくないの?」

「……そういうわけじゃ、ないんだけど」


 答えながら、ちくっと胸が痛んだ。


 天野さんから見れば、私は贅沢でわがままに見えるのかもしれないと思ったから。

 親が厳しいとはいえ、裕福だし、いやいや医者を目指しているわけじゃない。


「じゃあ、よかった」


 びっくりするくらい優しい声で、天野さんはそう言った。


「委員長の頑張りは、ちゃんと委員長のためでもあるんだもん」


 ああ、この人は、どうしてこんなに綺麗なんだろう。

 見た目だけじゃない。天野さんは心まで綺麗だ。


「委員長ならきっと、立派なお医者さんになるよ。私は……私は、どうなってるのかな」


 目を伏せ、天野さんが不安そうに呟く。


 きっと、私にできることなんてほとんどない。

 私は天野さんを金銭的に支えられるわけじゃない。

 無責任なことなんて言えない。


 でも……。


「天野さんがどうなってたとしても、私は、こうやって天野さんと一緒にいたい」


 どくん、と心臓が跳ねた。

 この先のことなんて、私にも分からない。


 受験が上手くいくかも、無事に医者になれるのかも分からない。

 いつまでお母さんに怯えなければいけないのかも。


 だけど、どんな未来が待っているとしても、私は天野さんと一緒にいたい。


「……狡い」


 天野さんはそう言うと、瞳から大粒の涙を流した。


「そんなの、どんな未来でも楽しそうだって思っちゃうじゃん……!」


 泣きながら笑った天野さんを、私は思いきり抱き締めた。

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