第48話 不安な気持ち(ギャルside)

「それで今日、何があったの?」


 クッションの上に座り、正面に座る委員長を見つめる。

 リングライトや苺のクッションは隠してあるから、いちごの配信部屋だとは分からないはずだ。


 ここまできて、正体を話さないのは、悪いのかもしれないけど……。


 でも、あくまで今は、ただの天野翼として委員長に向き合っていたい。


「……今日、模試だったの。結果はまだ出てないんだけど、自己採点の点数が低くて、母親の機嫌が悪くなったのよ」


 委員長が、今日の模試に向けて頑張ってきたことは知っている。

 寝る間を惜しんで必死に勉強してきたのだ。


 親なら、結果よりもまず、その努力を褒めてあげるべきなんじゃないの?


「いつもなら、次は頑張るからって謝って終わらせてたわ。

 でも、今日は無理だった」

「どうして?」

「……明日も友達と遊びにいくって言ったら、お母さんが怒ったのよ」


 委員長は私を見て、寂しそうに笑った。


「私、天野さんと遊ぶのがすごく楽しみだったの。だから頑張れた。なのにお母さんは、天野さんに直接連絡して、もう誘うな! なんて言おうとしたの」

「そんな……」


 親が子供の友達にわざわざ連絡し、遊びに誘うなと怒る。

 私には、想像もできない世界だ。


 うちのお母さんは、私の友達にはいつも優しくしてたもんなぁ。


 PTAや授業参観で友達やその親と顔を合わせるたび、お母さんは愛想よく笑っていた。

 経済状況を知って下に見てくる相手にも、お母さんはいつだって笑顔だった。


 私のためだ。


 世の中には、いろんな親がいるんだ……。


「私、耐えられなかったの。これ以上母親の言うことを聞いてたら、自分が壊れちゃうと思った」

「……委員長」

「でも、母親からしたら、私が変わったのかもしれない」


 委員長は軽く溜息を吐いた。


「今までは、いちごちゃんだけが心の支えだった。

 だから、友達と遊びに行ったりしなかったの。でも今は、天野さんがいる」


 ねえ、委員長。

 私……そんな目で見られたら、自惚れたくなっちゃう。


 熱を帯びた瞳は、まるで私が特別だと語っているみたいだ。


 いちごじゃなくて、ただの天野翼も、委員長の支えになれてるの?

 そう思って、いいんだよね?


「それで逃げてきて、天野さんに会いたくなった。それが今日の話。

 ねえ、天野さんの話も聞かせてくれない?」

「え?」

「気にしてること、天野さんもあるんでしょ?」


 この際だから、全部聞かせて。


 委員長はそう言って笑った。

 

「……うん」


 こんな機会、きっと滅多にない。

 今なら、ちゃんと委員長に自分の話ができる。


「私、貧乏なことがずっとコンプレックスなの。でも、それを気にしちゃってる自分も嫌なの。

 お母さんが頑張ってくれてること、ちゃんと知ってるから」


 私がこんな風に考えていることを知れば、きっとお母さんは悲しむ。

 ごめんね、と私に頭を下げるかもしれない。


「……不安がいっぱいなの。進路のこととかも。

 何も決まってないけど、たぶん……考えるのが怖いっていうのも、あるんだと思う」


 好きにしていい、とお母さんは言ってくれているけれど、現実は簡単じゃない。

 好きな道に全力で進めるほど、余裕のある家じゃない。


「周りからどう思われるのかなって、考えて怖くなるし。

 明るくて元気だなんて思われてるかもしれないけど、結構、いろいろ考えてて、ぐちゃぐちゃで……」


 うん、と頷いて委員長が話を聞いてくれる。

 それだけで、涙があふれた。


 私、ずっと誰かに話を聞いてほしかったのかも。

 吐き出しちゃいたかったんだ、心の中にあること。


「でもこんなの私らしくない。そう思えば思うほど、誰にも言えなくて」


 いきなり、委員長に抱き締められた。


「私には、全部話して。

 私も、天野さんには全部話すから」


 委員長の腕の中は温かくて、私はまた泣いてしまう。


 このままずっと、委員長の腕の中にいられたらいいのに。

 そう思うくらい、委員長の温もりに安心した。

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