第46話 本当の私(委員長side)

 改札を出ると、目の前に天野さんがいた。

 私を見つけて、飛び跳ねながら大きく手を振ってくれる。


 その姿を見た瞬間、私は走り出していた。


「天野さん!」


 もう遅いのに、とか、外なのに、とか、いつもなら考えてしまうようなことが、今は全て頭から抜け落ちている。


「委員長!」


 天野さんも私を呼んでくれた。

 そして、ぎゅっと抱き締めてくれた。


 天野さんは何も言わない。何も聞いてこない。

 ただ黙って私を抱き締めて、そっと背中を撫でてくれる。


「会いにきてくれてありがとう」


 そして、にっこりと笑ってそう言ったのだ。


 なんで、天野さんがお礼を言うの?

 会いたいと言ったのは私なのに。


「委員長」


 天野さんがゆっくりと私から離れる。そして、私の目をじっと見つめた。


 月光に照らされた天野さんの顔はあまりにも綺麗で……なのになぜか、今だけは目を逸らせない。


「私のこと、頼ってくれてありがとう」


 ああ、もうだめだ。


 気づいたら、瞳から涙がこぼれ落ちた。

 一度溢れると、もう感情を止めることはできなくなってしまう。


 人前で泣くなんて、いつぶりだろう。


 天野さんはそっと手を伸ばして、私の涙を手で拭ってくれた。


「委員長。思いっきり、泣いていいんだからね」


 狡い。

 どうして天野さんは、私以上に私が欲しかった言葉が分かるの?





 私が落ち着くまで、天野さんはただ黙って傍にいてくれた。

 外は寒いし、もう遅いのに、それでも、何も言わなかった。


「……ごめん。落ち着いた」

「ううん。うち、行く? コンビニとか寄る?」

「うん。飲み物とか、ちょっと買いたいかも」

「オッケー」


 私たちはゆっくりと歩き出した。

 このあたりは人通りが少ないようで、誰もいない。


「ねえ、天野さん」

「なーに?」

「私、親と揉めて出てきたの。喧嘩……なのかな。上手く言えないんだけど」


 我慢の限界だった。

 謝って、いつものようにお母さんが望む言葉を口にすることができなかった。


「うちの親……特に母親、かなり厳しい人なの。

 父親は忙しくてあまり家にいないけど、母親にいろいろ言っているみたい。

 だから余計、母が私にきつくなるんだと思うわ」


 父親は、母親のように直接成績についてあれこれ言ってくることは少ない。

 しかし母がああなってしまったのは、おそらく父や祖父母の影響だ。


「天野さんは私のこと、すごいとか偉いとか言うけど、全然そんなことないの」


 ああ、どうしよう。

 こんなことを言えば、天野さんはきっと反応に困ってしまう。

 もしかしたら、がっかりしちゃうかもしれない。


 けれど、一度動き出した口は止まらない。

 楽になりたくて、天野さんに全てを話してしまいたくて、言葉を重ねてしまう。


「お母さんに言われて、勉強してるだけなの。

 私、実家が病院で、後を継ぐために医学科にいかなきゃいけないの。

 親の期待に応えるために必死にやってるだけ」


 天野さんは立ち止まって、じっと私を見つめた。


「本当の私は……親の言いなりの、つまらない人間なの」

「委員長」


 天野さんはぎゅっと私の手を握った。


「今日私に会いにきてくれたのは、委員長の意志でしょ?」


 私の顔を覗き込んで、天野さんがにっこりと笑ってくれる。


「委員長が自分の意志でしてくれたことを、私は嬉しいって感じたんだよ」


 そう言うと、天野さんは照れたように笑った。

 そして、ゆっくりと私の頬に手を伸ばす。


「つまらない、なんて言わないでよ」

「天野さん……」


 天野さんなら、本当の私を受け入れてくれるかもしれない。


 真面目で頭のいいしっかり者の委員長なんかじゃない、ただの葛城涼音のことを。


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