第45話 心の支え(委員長side)

 がたん、ごとん、と揺れる電車に身を任せる。

 土曜日の夜だから、この時間でも電車は人が多い。


 どうしよう。


 鞄からスマホを取り出す。案の定、母親からの不在着信とメッセージでスマホの通知はいっぱいだ。

 電源を切ってしまいたいけれど、そうすると、天野さんとも連絡がとれなくなってしまう。


 こんな時間にいきなり会いたいだなんて、天野さん、困ったよね。


 優しいから、天野さんは受け入れてくれた。家にきていい、とまで言ってくれたのだ。


 遠慮すべきだとも思った。

 けれどどうしても、家に帰る気が起きなかったのだ。


 お母さん、怒ってるだろうな……。


 目を閉じると、先程のやりとりが頭の中に浮かんだ。





「涼音。模試、どうだった?」


 家に帰るなり、お母さんはそう聞いてきた。


「……結構、できたと思う」


 完璧とまでは言えないものの、それなりに自信はある。

 今日のために、ここ最近は今まで以上に頑張ってきたのだから。


「模範解答もらったでしょ? 自己採点はした?」

「一応したけど」

「見せて」


 お母さんが手を差し出してくる。ここで拒んでも、面倒なことにしかならないのは明らかだ。


 塾の鞄から問題用紙と模範解答の冊子を取り出す。


「記述問題とかは、問題用紙に答え書いてないから」

「分かってるわ」


 どくん、どくんと心臓がうるさい。

 お母さんが冊子をめくるたびに、冷や汗が出てくる。


 大丈夫よね。

 自己採点だって、わりとよかったもの。


 よく頑張ったわね、きっとそう言ってくれるはず。

 さすが涼音ね、とお母さんは笑顔で私を褒めてくれるに違いない。


 しかし、私の予想は外れた。


「涼音。数学、ちょっと点数低いんじゃないの?」


 呆れたような声音に、びくっと肩が跳ねた。

 お母さんが責めるような目で私を見ている。


「……今回の数学、ちょっと難しかったの。私は結構、できた方だと思うよ」


 まだ結果は出ていないが、SNS等で調べたところ、今回は数学の平均点がかなり低そうだった。

 私の点数は87点だったから、それなりの偏差値が出るはずだ。


「涼音なら、もっとできるはずよ」


 お母さんはそう言うと、テーブルの上に冊子をおいた。


「そうでしょう? ねえ、涼音」

「……うん。もっと頑張ればよかったかも」

「そうよ。涼音なら、やればもっとできたはずだわ」


 私、かなり頑張ったよ。

 寝不足で毎日疲れてて、でも結果を出さなきゃって、必死にやってきたのに。


 あとどれくらい頑張れば、お母さんは納得するの?


 こんなこと、今まで何回も言われてきた。

 期待しているからこそだとも分かっている。


 でも、なんか……疲れた。


「涼音は頑張れる子だもの。また、次に向けて頑張りましょ?」

「……分かった」

「テストが終わった直後にどれだけ頑張れるかが大事よ。明日も塾に行ってきたら?」


 それがいいわよ、とお母さんは笑顔で言った。

 いつもの私なら、きっとすぐに頷いていただろう。


 だけど……。


「明日は私、用事があるの」


 なんで、こんなこと言っちゃったんだろう。

 塾に行くフリをすればいいだけなのに。正直に話す必要なんてないはずなのに。


「用事?」

「……私、友達と遊びに行くの」


 自分でも、どうして本当のことを言いたくなったのかは分からない。

 けれど、勝手に口が動いてしまった。


「また?」


 お母さんは目を吊り上げた。


「前も、遊びに行って塾をサボったでしょう。

 やっぱり、誰かが貴女に悪い影響を与えてるのね?」


 お母さんが大きな溜息を吐く。


「違う」

「違わないでしょ。誰なの? お母さんから、もう誘わないでって言ってあげるから」


 ほら、とお母さんが手を差し出してきた。


「スマホ、渡して」


 私が何も言わずにいると、お母さんがいらいらしたように私の名前を呼んだ。


「……いい加減にしてよ」


 私がお母さんの言うことを聞いて、どれだけ頑張ってきたと思ってるの?


 模試に向けて頑張ってこられたのは、明日の約束があったからだ。


「もういい」


 涼音! と叫ぶお母さんを無視して、スマホと財布の入った鞄を持ってリビングを飛び出す。

 そしてそのまま、夢中になって駅まで走った。




 あと一駅で、目的の駅に到着する。

 あと少しで、天野さんに会える。


 天野さんの笑顔を思い出す。それだけで、心が軽くなるのを感じた。

 

 

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