第42話 期待と願望(委員長side)

 頭が痛い。さすがに昨日は、眠る時間が遅すぎたのだろう。


 しかし、今週の土曜日は模試だ。

 お母さんと約束した通り、前よりも高い偏差値をとらなくてはならない。


「日曜日には、天野さんと遊びに行けるし」


 だから大丈夫だ。少し頑張れば、楽しいことが待っている。

 勉強の合間に、いちごちゃんの配信だって見れる。


 文化祭が終わってからも、私と天野さんはよく喋るし、LINEもする。

 今ではクラスメートにも仲良しコンビとして扱われているくらいだ。


 教室の扉を開ける。まだ誰もきていない。


 天野さんがくるまで、ちゃんと勉強しなきゃ。





「委員長、今日顔色悪くない?」


 私の顔を見るなり、天野さんはそう言った。


「ちょっと寝不足なの」

「なにかあったの?」

「もうすぐ模試だから」


 あー、と天野さんは頷いた。


「頑張るのは偉いけど、休まなきゃだめだよ。健康が一番なんだから」


 分かった? という天野さんはいつもより圧が強くて、心配してくれているのだなと嬉しくなる。


「ありがとう、今日は早めに寝るわ」


 これは嘘だ。

 今の私にゆっくり眠っている時間なんてない。


 でも、ちゃんと結果を出せたら、全部上手くいくもの。

 お母さんも納得するだろうし、私の交友関係に口を挟むこともないはずだ。


 お母さんは私に期待してる。だからつい、ああやって厳しくなっちゃうだけ。


 私がちゃんとしていれば、全部丸くおさまるのだ。


「委員長って、なんでそんな勉強頑張れるの?」

「え?」

「どうしても行きたい大学がある、とか?」

「それは……」


 私が勉強を頑張るのは、医学科へ行くためだ。私は医者になって、家を継がなきゃいけないから。


 それだけの話。

 だけど、天野さんに言いたくない。


『実家病院なの? いいな、お金持ちじゃん』

『親が医者なら、そりゃあ頭もいいよね』

『やっぱり葛城さんって、他の人とはちょっと違うっていうか、上品だもんね』


 私の家が病院だということを知った人たちに言われてきたことだ。

 そこに一番多く含まれていたのはきっと羨望で、たいていの人は私を羨ましく思ったんだろう。

 だから、悪意がなかったことは分かっている。


「うん、ちょっとね。志望校、レベル高くて」


 嘘は言っていない。

 お母さんが受験してほしいと言っている大学の医学科はかなりの難関なのだ。

 お父さんの出身校で、お母さんが現役の時に落ちた名門大学。


「委員長から見てもレベル高いとかやばすぎ!

 てか、目標に向かって頑張れる委員長が偉すぎ!」

「天野さん……」

「私なんか、志望校どころか志望学科も決まってないのに」


 すごい、ときらきたした瞳で見つめられる。

 そんなんじゃないのに。


 私はただ、親の言うことを聞いているだけ。

 親の期待に応えれば全部上手くいくって思ってるだけ。


 全然、すごくも偉くもないの。


 天野さんにそう言えないのは、私が臆病だからだ。


 自分の惨めな部分を知られたくない。

 すごいって、天野さんに言ってほしい。

 親の言うことを聞いているだけのつまらない奴だとバレたくない。


 天野さんに、嫌われたくないから。


「天野さんも、少しすれば志望学科も志望校も決まるんじゃない?」

「そうかなぁ?」

「うん、天野さんならきっとね」


 天野さんなら、ちゃんと自分の行きたい道を自分で見つけて、真っ直ぐ進んでいくんだろう。


「その時は、私にも教えてね」

「うん、委員長に一番に言うから!」


 天野さんがにっこりと笑う。

 それだけで、心の疲れが少しずつとれていく。


 うん、大丈夫。

 私はまだ、頑張れるから。

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