第41話 サボりの代償(委員長side)
玄関の前で立ち止まり、大きく深呼吸する。
冷たい夜の空気が肺を満たした。
「……お母さん、さすがにもういるよね」
きっとお父さんはまだ帰っていないだろう。
そもそも、忙しすぎて家へ帰らない日も多いのだから。
スマホはまだ電源を切ったままだ。
母親からの大量の不在着信やメッセージを想像すると、スマホを確認したくなかったから。
正直、帰りたくない。しかし、他に行く場所もない。
覚悟を決めて鞄から鍵を取り出す。
ガチャ、と鍵をまわしただけで玄関の扉が開いた。
中にいたお母さんがすぐに開けたからだ。
「涼音!」
見たことがないほど焦った顔をして、お母さんが私の名前を叫んだ。
「どこに行ってたの! 電話にも出ないし、学校に連絡してもいないって言うし……!」
お母さんは疲れきった顔で私を睨みつけた。
塾と学校。
そうよね。その2つ以外に、私が行きそうな場所なんて思い当たらないのよね。
お母さんは私をいつも気にしている。
でもそれは、私がちゃんとやれるのか、病院を継げるような人間になれるのか、ということを気にしているだけだ。
「……ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃなくて、どこに行ってたの。どうして塾をサボったりしたの!」
再び叫んだ後、お母さんは慌てて私の腕を引っ張った。
そして玄関の扉を閉める。
近所に声が聞こえてしまうのを気にしたのだろう。
「涼音、正直に答えて。どこにいたの? なんで塾を休んだの? ……塾に、行きたくないの?」
お母さんの顔がどんどん冷たくなっていく。
「違うの、塾に行きたくないわけじゃない。勉強したくないわけでもないの」
私の言葉に、お母さんは少しだけ安心してくれたみたいだ。
しかし相変わらず眼差しは鋭い。
「じゃあ、どうしてサボったりしたの」
「……実は今日、文化祭だったの」
お母さんは、そう、と頷いただけだ。
私が文化祭実行委員になったことも、出し物がコスプレ喫茶だったことも知らない。
それにきっと、興味もない。
「それで、打ち上げしようって話になって……」
「断りきれなかったの? 誰が貴女をそんなものに誘ったの?」
断れなかったんじゃなくて、私が行きたかっただけ。
そう言えば、お母さんはどんな反応をするだろう。
怒る? 呆れる? きっとお母さんは、ヒステリックになって今以上に騒ぐだろう。
そう考えると、とても正直に話す気にはなれない。
「……ごめん」
「ごめんだけじゃ分からないわよ。誰、って聞いてるの」
「……クラスのみんなで、行くことになったの。みんな行くから、私も行かなきゃいけないかなって」
結局、私は嘘をついた。
もし天野さんの名前を出したら、お母さんは天野さんの母親へ抗議の電話をするかもしれない。
想像するだけでぞっとする。
遊んだだけで文句を言ってくるような親がいる子と仲良くしたい子なんて、いるわけない。
お母さんのせいで天野さんが私から離れてしまったら、私は、きっとお母さんのことを大嫌いになってしまう。
「涼音。みんなに合わせる必要なんてないの。クラスのみんなは、涼音より低レベルな子たちなんだから」
「……うん」
「涼音はみんなと違って賢くて、特別なの」
お母さんは優しく笑うと、私をそっと抱き締めた。
「涼音は優しいから、断れなかったのね。でも大丈夫よ。もし貴女が言えなかったら、私がみんなに言ってあげる」
「大丈夫。……もう、勝手に塾、休んだりしないから」
お母さんがゆっくり私から離れる。
「分かったわ。でも、今日涼音は悪いことをしたの。ごめんなさい、だけじゃだめよね?」
「……次の模試、前より高い偏差値とるから」
「約束よ、涼音」
遅いから風呂に入っちゃいなさい、と言ってお母さんが去っていく。
きっと、部屋で持ち帰った仕事でもするんだろう。
「……はあ」
身体も、心も重い。
だけどそれでも、サボらなければよかった、とは微塵も思わなかった。
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