第30話 厄介な客(委員長side)

 そろそろ、午前中のシフトは終わりね。


 教室に設置してある時計を見ると、ちょうど12時だった。

 12時30分になれば、今日のシフトは終わりだ。


 楽しくないわけじゃないけど、かなり疲れたわ。


 ありがたいことに、私もそれなりにチェキが入った。

 指名してもらえるのは嬉しいし、可愛いだの格好いいだの褒められて嫌な気はしない。

 しかし、接客は疲れる。


 天野さんはバイト、ちゃんと続けてるのよね。

 私なら絶対、すぐにやめちゃうだろうに。


 ちら、と天野さんに視線を向ける。天野さんはちょうど、新しく入ってきたお客さんの対応をしているところだった。


 ちょっと待って。

 なんかあの客、距離近くない?


 おそらく、男子大学生二人組だ。

 天野さんは客席へ案内しようとしているのに、なかなか二人は動こうとしない。


 心配になって、少し天野さんへ近づく。すると、会話の内容が聞こえてきた。


「てか本当可愛いね。この後自由時間とかあったりしない?」

「一緒にまわってくれたら嬉しいんだけど」


 男たちは馴れ馴れしくそんなことを言って、天野さんに触れようと手を伸ばす。

 天野さんは一歩後ろに下がり、愛想笑いを浮かべた。


「忙しいので、今日」

「えー、でも、自由時間が全然ないわけじゃないんでしょ?」

「連絡先くらい教えてよ」


 天野さんは困った顔で笑った。

 こんな天野さん、見てられない。


「失礼します」


 冷たく聞こえるように言って、天野さんと男たちの間に入る。

 今日は厚底を履いているとはいえ、それでも私より背の高い二人組だ。

 正直、怖くないと言えば噓になる。


 だけど……。


「キャストへの過度な要求は禁止行為です」


 二人を睨みつける。鼓動が速くなったけれど、気づかないふりをした。

 困っている天野さんを、放っておくことなんてできないから。


「出ていってください」


 そう言い放って、教室の扉を開ける。

 わざと大きい音を立てて扉を開けたことで、教室中の視線が集まった。


「先生に連絡できる?」


 振り向いて天野さんに向かって言うと、天野さんはすぐに頷いてくれた。

 それを見て、男たちは慌てたように教室を出て行く。


 二人が見えなくなってようやく、私は安心して息ができた。


 あっさりいなくなってくれて、よかった……!


「委員長、ありがとう」


 私の手をぎゅっと握って、天野さんがそう言ってくれた。


「委員長、ああいう人たち、苦手だろうに」

「天野さんだって苦手でしょ」


 というか、あんな人を得意な人なんていないだろう。


「……そんな風に言われたのも、初めてかも」

「そうなの? 天野さん、分かりやすく困ってたのに」


 私の言葉に、天野さんが微笑む。気が抜けたような、安心したような笑顔にどきんと心臓が跳ねた。


「接客戻ろうか」


 仕方がなかったとはいえ、教室内の空気が悪くなってしまった。

 せっかくの文化祭なんだから、この空気を引きずってしまうのは避けたい。


「うん、ありがと、委員長!」


 私の気持ちを察してくれたのだろう。天野さんは、大きい声で返事をしてくれた。


「次のお客様、お席へどうぞ!」


 天野さんが扉を開けて、外で待っていた次のお客さんを店内へ入れた。

 新しいお客さんが入ってきてくれたことで、教室の空気がまた明るくなる。


 シフトが終わるまで、あとほんのちょっと。

 それが終われば、天野さんと二人きりで文化祭デートだ。

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