第29話 見つめ合いチェキ(委員長side)

「あの、キャスト二人のチェキってできますか? 私は入らなくて、お二人だけのチェキがいいんですけど!」


 そう言ってきたのは、女性一人できてくれたお客さんだ。


「はい。もちろんできますよ。どの子にしますか?」


 自分も入れてチェキを撮るお客さんが圧倒的に多いけれど、キャストだけの注文を受けることもできる。

 値段は上がるが、人数だっていくらでも増やせるのだ。


「あ、えっと、お姉さんと、あっちの……天使の子で。衣装、お揃いにしたんですよね?」


 お客さんが指差したのは天野さんだ。

 天野さんは少しだけ離れた卓で、男性客二人の接客をしている。


 天野さん、めちゃくちゃ美人だし可愛いものね。

 人気なのも分かるわ。


 高校の文化祭とはいえ、客の反応は露骨だ。明らかに天野さんばかり見ている客もかなり多い。

 チェキだって、先程から天野さんはかなり撮っている気がする。


「分かりました。ありがとうございます」


 二人でチェキを撮る時は、天野さんにああいう男たちの接客をやらせずに済むのよね。


 笑顔でお客さんに接する天野さんを立派だと思う一方で、妙にもやもやしてしまう。

 早く撮影の順番がまわってきますように、と私は心の中で強く願った。





「ポーズなどの希望はありますか?」


 撮影スペースに移動し、天野さんと並んでから、先程のお客さんに問いかける。

 お客さんと二人で撮る場合は、二人でハートを作るポーズや、ハートグッドポーズが定番だ。


「あ、えっと、横向きのチェキで、二人に見つめ合ってほしいんです。その、限界まで近づいて」

「分かりました」


 見つめ合いチェキね。何人か、頼んできたお客さんはいるけど。


 知らない人間と至近距離で見つめ合うというのは、それなりにストレスだった。

 しかしまさか、天野さんと見つめ合いチェキを撮らないといけないなんて。


 私まだ、天野さんの目、直視できないのに……。


 ポーズをとってからチェキを撮り終えるまでは、それなりに時間がある。

 その間、私はずっと天野さんと見つめ合わなければならないのだ。


「じゃあやろっか、委員長」


 撮影係のクラスメートがきてくれたのを横目で確認すると、天野さんは私の耳元でそう言った。

 彼女の目はやけに輝いている。


「いつもと違って、ちゃんと私の目見てよ。委員長、あんまり目見てくれないんだから」

「……分かってる」


 直視できないのは、天野さんの顔がよすぎるからだ。

 でもさすがに、この状況では回避する方法がない。


 顎の下で両手をグーにし、天野さんと見つめ合う。そしてお客さんの要望通り、限界まで近づいていく。


 ちょっとさすがに天野さん、近すぎない?

 お客さん相手には、ここまで近づいてないのよね?


 どんどん、天野さんの綺麗な顔が近づいてくる。

 至近距離で見ても肌荒れなんて一切ない。


 本当、天野さんって綺麗な顔……。


 どくん、どくんと心臓がうるさい。あと少し近づけば、なにかアクシデントが起きれば、キスしたっておかしくない距離だ。


 天野さんの唇は少し薄めだ。

 その唇が、今は薄ピンク色のリップで彩られている。


 ごくり、と私は無意識のうちに唾を飲み込んだ。


「じゃあ、撮るよ」

「お願い!」


 天野さんがスタッフの子に応じる。

 私はあまりにもどきどきしてしまって、返事どころではなかった。


「撮れました!」


 その声を聞いて、私は大急ぎで天野さんから離れる。

 するとようやく、ちゃんと呼吸ができたような気がした。

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