第22話 天野さんの魔法(委員長side)

「じゃあ、委員長、こっち向いて」


 さすがに、その言葉を無視することはできない。

 私はせめてもの抵抗で目を伏せつつ、顔を天野さんへ向けた。


 ビルの5階にあるトイレは、化粧直し用のスペースがかなり広い。

 見やすいように鏡のふちにライトがついてあるし、コスメを置くための台もある。


「目閉じてね、まずベース塗るから」

「……はい」


 目を合わせずに済んだことが残念なような、嬉しいような……。


 目を閉じると、日焼け止めのような物を顔に塗られた。

 というか、実際日焼け止めとほとんど変わらない。


 天野さんに連れられて私が行ったのは、大きな雑貨店だった。

 文房具やちょっとした家具、ボードゲームの類までおいてある、何でも屋のような雑貨店だ。

 そこで、天野さんはお手頃な価格のコスメをたくさん教えてくれた。


 メイクやお洒落にこだわりがありそうだから、てっきり高い物を使っているのだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。


 まあ、高ければいいってわけじゃないのかも。

 いちごちゃんのおすすめとかぶってた物もあるし。


 いろいろと考えている間にも、天野さんの手はどんどん動く。

 今、きっと天野さんが私を真剣な目で見ているのだと思うと、なんだかぞくっとした。


「動かないでね、委員長」


 口を開いて返事をすることも頷くこともできず、私は心の中だけで返事をした。





「一回、目開けて」


 天野さんにそう言われて、私はゆっくりと目を開いた。

 目の前に天野さんの顔があって、反射的に目を逸らしてしまう。


「ちゃんとこっち見て」


 少し強めの口調で言われ、私はゆっくりと天野さんの目を見た。


 睫毛長い、目も大きいし、猫目っぽいのが可愛すぎる……。

 どくん、どくんと心臓がうるさい。


 私今、絶対顔赤い。


 だって近くで見る天野さんは、あまりにも顔が良すぎる。


 近くで見ると、やっぱりいちごちゃんに似てるな。


 私はいちごちゃんの画像を毎日眺めているのだけれど、一部分を拡大して観察することもある。

 もちろん、目元部分だけを拡大したことも一度や二度ではない。


 目の形が、天野さんといちごちゃんはかなり似ているのだ。


「ビューラーするね。目、そのままだよ」


 軽く頷くと、天野さんが微笑んでくれた。


 至近距離で見る天野さんの笑顔、やばすぎる……!


 ビューラーで睫毛を挟まれ、その後はマスカラを丁寧に塗られる。

 それが終わると、顔全体にフェイスパイダーを重ねてくれた。


「よし、できたよ、委員長! 鏡見てみて」


 天野さんに促され、鏡の前に立つ。

 鏡に写っている自分を見て、私は驚きのあまり目をかっぴらいてしまった。


 これが、私?


 いつもより目力が増していて、目の横幅もかなり広がってように見える。

 鼻も普段よりすっきりして見えるし、顔も小さくなった気がする。


「……すごい」


 今まで、自分がメイクをすることにはあまり興味はなかった。

 私は可愛い子を見るのが大好きなだけだから。


 でも今、鏡に映る自分を見て、ものすごくドキドキしている。


 私って、こんな風に変われるんだ……。


 いつもの、地味でおとなしそうで、特徴のない顔じゃない。

 凛々しい顔立ちの、中性的な顔だ。


「天野さんって、本当にすごい」


 これは天野さんの魔法だ。

 天野さんは私を変身させてくれた。そして、私をこんなにときめかせてくれた。

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