第5話 ストロベリーナイトの秘密①(委員長side)
「こんな成績とって、どうするつもりなの?」
呆れたような声で、お母さんがテーブルの上の成績表を指差す。
今日、塾で返されたばかりのものだ。
「……ごめんなさい」
これでも、前回より成績は伸びた。
塾の先生だって、よく頑張っていると褒めてくれた。
だけど、お母さんが求めるレベルには届かない。
「涼音にはちゃんと、医者になってもらわなきゃ困るのに」
「……はい」
私の家は葛城病院。祖父が開業した大きな病院だ。
今の院長は父親だけれど、母も医者として働いている。
「私、信じてるの。あの子とは違って、涼音はできる子だって。小さい頃から、お医者さんになるって言ってくれたものね」
お母さんは優しい笑顔になって、私の手をぎゅっと握った。
あの子、とは、私のお兄ちゃんのことだ。
三年前、大学進学を機に家を出て行って、それからは一度も帰ってきていない。
お兄ちゃんが進学したのは、美術大学だ。
「うん。お母さん、私、頑張るよ」
お兄ちゃんが家を出て行って、祖父母や父親からお母さんがかなり責められたのは覚えている。
だから、お母さんだけが悪いなんて思わない。
それに小さい頃、医者に憧れていたのは事実だ。
病気の人や怪我をした人を救う、素敵なお仕事だと思って。
「偉いわ。私はこれから仕事だから、夕飯は自分で食べられる?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあこれ、はい」
お母さんは私に五千円札をくれた。ありがとう、と微笑んで受け取る。
ちゃんと真面目に言うことを聞いていれば、こうして必要以上のお金をくれる。
「お小遣いも足りなくなったら言ってね。私、涼音に辛い思いをさせたいわけじゃないの」
「うん、分かってるよ。私のために言ってくれてるんだもんね」
私の言葉に、お母さんはぱあっと顔を輝かせた。
「涼音だけよ、私のことを分かってくれるのは」
お母さんはそう言って、家を出ていった。
お母さんはすごいと思う。家事や育児もやって、外科医としてバリバリ働いて。
私は、まだ大丈夫。
私なんかより、お母さんの方がずっと頑張っているんだから。
「……よし。今、19時か」
時計を確認し、テーブルの上に勉強道具を広げる。
夕飯は、この前買っておいたカップ麺でも食べればいい。
「あと3時間、頑張ろう」
3時間後には、いちごちゃんの配信が始まる。そう思うと、身体の中からどんどん力が湧いてくるのだ。
いちごちゃんは毎日配信をしてくれるわけじゃない。寂しいけれど、だからこそ毎回リアルタイムで視聴できる。
「いちごちゃんの配信日と塾がない日がかぶるの、運命でしかないよね」
いちごちゃんも私みたいに塾に通っているのかも。部活やバイトがあるのかもしれない。
「いちごちゃんって、本当はどんな子なんだろう」
苺の国の可愛い可愛いお姫様、それがいちごちゃんだ。
本名や実年齢は明かされていない。
「オフ会とか、やってくれるようにならないかなぁ」
最近は配信者のイベントも多い。いちごちゃんなら絶対もっと人気になるし、イベントだっていつかあるはず。
「そのためにも、スパチャで応援しなきゃ!」
私は特に趣味もないし、物欲も少ない。お小遣いの使い道なんて、いちごちゃん以外にはないのだ。
「オフ会があったら、本名で呼んでもらっちゃうとか……チェキも撮ってみたいしプレゼントもあげたい」
頭の中で妄想が広がる。
「いちごちゃんのためにも、ちゃんと頑張ろう!」
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