第3話 いちごちゃんの秘密①(ギャルside)
家に帰る時には、既に陽は沈みかけている。
私の家は、学校からそこそこ遠い。しかも、駅から家までも歩くのだ。
築50年越えの、古びたマンションの2階。そこが、私の家だ。
エレベーターがないから、階段で2階へのぼる。
「ただいま」
誰もいないと知っていても、挨拶はする。別に、たいしたこだわりがあるわけじゃないけど。
冷蔵庫を開けると、今日の夜ご飯が入っていた。
レンジで温めて食べてね、とメッセージの書いた付箋がラップに貼られている。
お母さんが夜勤前に作ってくれたのだ。
とりあえず、冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出してコップへ注ぐ。
「生き返った……」
もう九月だけれど、まだまだ夏は終わりそうにない。
帰るだけで、全身汗だくだ。
「えーっと、今日は配信、10時からだから……」
頭の中でこれからのスケジュールを立てる。一度風呂に入ってメイクをやり直さなくてはいけないし、あまり時間に余裕はない。
「ちょっとだけ休んで入ろ」
♡
「さっぱりした〜!」
風呂から上がり、髪を乾かす。髪の毛は短いけれど、ブリーチをしているから乾くのに時間がかかる。
「そろそろ、マツエクいかないとまずいかな」
鏡に映る自分をじっと観察する。少し前より、睫毛が短くなった気がした。
可愛いには時間もお金もかかる。
「バイトのシフト、増やそうかなあ……」
私は、近所のスーパーでバイトをしている。基本的に、シフトに入るのは夜だ。
運が良ければ、廃棄になるお惣菜をもらえたりするし。
「準備しよ」
ドライヤーの電源をきり、元あった場所へ戻す。
化粧ポーチを取り出して、邪魔な前髪をヘアクリップでとめた。
今からするのは、学校用のメイクじゃない。
配信映えするような、もっと派手で華やかなメイク。
濃すぎるくらいが、配信にはちょうどいいのだ。
♡
「できた……!」
一時間くらいで、配信用メイクが終わった。あとは着替えて、髪の毛を整えるだけ。
「今日は、なに着ようかな」
クローゼットを開けて、ハンガーにかかっている洋服を見つめる。
ワンピースが多くて、どれも可愛いデザインだ。
「前はゴスロリだったし、クラロリか甘ロリかな?」
みんなには秘密にしているけれど、私はロリータファッションが大好きなのだ。
ロリータ服は高いし、普段使いもしにくいし、洗濯も大変だ。
だけど、着るとときめく。
「今日はこれにしよ!」
悩んだ結果、私は白とピンクのギンガムチェックのワンピースを選んだ。
ワンピースを着て、その下にパニエを履く。
パニエはスカートの下に履くもので、パニエを履くのと履かないのではスカートの膨らみが全然違うのだ。
「よし、こんな感じかな」
姿見を見ながら着替えを終え、ウィッグを手にとる。
パステルピンクの、ツインテールのウィッグだ。
ウィッグをかぶればもう、完璧だ。
今の私は天野翼じゃなくて、いちごちゃん。
自室の隅に、配信用のリングライトが設置してある。
古びた部屋だが、スマホの画面に映る背景だけは別だ。
真っ白のタペストリーをかけて壁の汚れを隠し、椅子の左右には可愛い苺のクッションをおく。
「うん、完璧」
小さなこの空間は、私にとっては宝物だ。私がいちごちゃんになれる、大切な場所。
「今日も配信、頑張ろ!」
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