第2話 顔だけはいいギャル(委員長side)

 私はいつも、一番最初に教室につく。高校が徒歩圏内にあるし、なにより、朝の教室が好きだからだ。


「なんか、落ち着くんだよね」


 誰もいない教室で、思う存分深呼吸する。机の上に、英語の問題集を広げた。

 今日の放課後は、塾でクラス分けテストがある。

 塾では一ヶ月ごとにテストが行われ、点数によってクラスが変わるのだ。


 私は中学生の時から、ずっと一番上のクラス。成績を落とすわけにはいかない。

 クラスが落ちれば、お小遣いも減らされてしまうし。


「早く、学校も成績別クラスになっちゃえばいいのに」


 呟きながら、ちら、と隣の席を見る。まだ彼女はきていないのに、机の中には大量の教科書が入っている。

 どうせ、家で勉強なんてしていないのだろう。


 天野翼。いつも遅刻寸前で登校してくる問題児だ。

 しかも、いつもメイクとヘアセットは完璧。


「学校になにをしにきてるのよ」


 目を閉じなくても、天野さんの顔が頭に浮かぶ。

 すらっとした身体つきはモデルみたいで、金髪ショートヘアがよく似合う。

 猫のような瞳が印象的で、ついつい、目で追いたくなってしまうような美少女だ。


 本当に、顔だけは最高にいいのがむかつく!


 頭を振って、脳内から天野さんを追い出す。

 今はとにかく、勉強に集中しなくては!





「おはようございまーす!」


 今日も、ホームルームの途中に天野さんはやってきた。

 いつも通り、完璧な顔で。


「今日もぎりぎりだぞ」


 そう言う先生は相変わらずにやけ面で嫌になる。

 昔からずっとそうだ。私みたいに真面目にやっている子より、天野さんみたいに愛想が良くて可愛い子がみんなから好かれる。


 納得いかない。


「あ、おはよう、委員長」


 天野さんは座りながら私に挨拶した。

 みんなに挨拶するような天野さんからしてみれば、きっとこんな挨拶に意味はない。

 分かっているのに、なぜか、胸が騒ぐ。


「おはよう」


 視線を前に向けたまま、なんでもないような顔で返す。

 天野さんはそれ以上、何も話しかけてこない。


 天野さん、私なんかと隣の席になって、ついてないって思ってるだろうな。


 私だって、天野さんの隣は嫌だ。

 他の人ならきっと、こんな風に心が騒いだりしないだろうから。





「本当先生、人づかいが荒い……!」


 思わず、口から不満が漏れてしまう。

 今日は早く塾へ行くつもりだったのに、先生に雑用を頼まれて時間をとられてしまったのだ。


 学級委員長だから、という理由で、私はよく仕事を押しつけられる。

 副学級委員の男子は、部活があるからと雑用を手伝ってくれることはない。


 委員長なんて、損なことばっかりだわ。


 早く教室においてある荷物をとって、塾へ向かわないと。


 教室の前までやってきて、私は足を止めた。

 中で談笑しているクラスメートの声が聞こえたからだ。


「それにしてもさ、委員長って真面目すぎねえ?」

「分かるわ。全然、融通きかないよな」


 この声は、副学級委員の谷岡たにおかくんだ。

 もう一人は、たぶん彼とよく一緒にいる男子の誰かだろう。


 部活って言って、先生からの頼みを断ったくせに!


 サボりなのか、元々部活がなかったのかは分からない。

 どっちでもいいけれど。


「天野も、委員長なんかと隣で本当災難だな」

「はあ?」


 天野さんの声だ。何を言われるのだろうと、心臓がうるさくなる。


「そうやって裏でこそこそ言うようなアンタと隣になるより、全然マシだけど」


 笑っているのに、冷ややかな声。

 そしてすぐ、天野さんは帰る、と言い放った。


 目の前の扉が開く。天野さんは、驚いたように目を見開いた。


「わっ、委員長……!」


 教室の中にいる男子たちがざわめく。でも彼らの声なんてもう、気にもならない。


「あ、えっと……また明日ね、委員長!」


 そう言うと、天野さんはどたばたと足音を立てて去っていった。


 お礼、言うべきだったかも。


 私は、天野さんの顔を見ることすらできなかった。

 だって……。


 両手で頬を包む。鏡を見なくたって、熱い頬が真っ赤なことは分かった。

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