第2話
木と太陽を背に、三人並んで歩き出す。チルサとトッテンカッターではだいぶ歩幅も違うのに、なぜだか進むスピードはおんなじだ。
「シチョウさんのいるところまでは、僕たちだけでは行けないよ」
トッテンカッターが小さな声で言うのに対し、チルサはふんっと鼻を鳴らした。
「とっても大きい力持ちが必要ってだけでしょ?きっと誰か見つかるわ」
「ねえ、シチョウさんって誰なの?」
安菜の問いには、肩をすくめる仕草が返ってくる。
「シチョウはシチョウよ。あなたが会わなくてはいけない相手」
小さいくせに偉そうな言葉ばかりのチルサにむっとし、安菜が黙り込むと、さくさくと草を踏む音とトッテンカッターの鼻歌だけが残った。
扉をくぐってから、本が詰まったランドセルの重さを感じないことも、安菜にとっては不思議だった。けれども、そんなこと、この世界では当たり前のことで、チルサに呆れられるのではないかと思うと、疑問を口に出す気にはなれない。
しばらく無言で歩いていると、目の前に森が現れた。安菜の背丈の倍ほどはある木の間を、踏みしめられた道が伸びている。森の入り口に立った看板は、横はばも高さも木には負けないくらいで、安菜は何度か目をぱちぱちさせた。
「大十郎の家、だって」
トッテンカッターが一音ずつ区切るように読み上げる。
「こんなに大きな表札なんだもの、きっと大きな人ね」
そう言ったチルサはスカートをひるがえし、走り出した。安菜の足首までしかない小さな身体なのに、みるみる遠く離れていく。追いかけようとした安菜を、トッテンカッターが腕をつかんで止めた。
「森に入るのは一人、出るのは二人。これがルールだよ」
三十分も経った頃だろうか。森の入り口にチルサが急に現れた。
隣には黒いスーツと藍色のネクタイの男。ネクタイに似た色の髪を腰まで伸ばしている。木よりも頭ひとつ高い彼が、どうやって姿を隠していたのか、安菜は不思議に思った。
「こんにちは。大十郎と申します」
安菜とトッテンカッターを交互に見ながら名乗ると、大十郎は頭をぺこりと下げる。
「人間にお会いしたのは初めてですよ」
細められた目の中で緑の瞳が光った気がした。安菜は慌ててお辞儀を返す。
「人間じゃなくて、アーナよ、覚えてあげて。こっちはトッテンカッター」
なぜだかチルサが安菜たちを紹介する。分かったというように大十郎は頷いてみせた。
「これで問題ないわよね?じゃあ、行くわよ」
歩き出したチルサのあとを、安菜、トッテンカッター、大十郎の順に付いていく。森を迂回して反対側に辿り着くころには、大きさの違う四人が同じペースで歩んでいくことにも慣れてきた。
(だけど、どうしてわざわざ、森に寄ったんだろう?)
その答えがわかったのは、川に行き当たったからだった。橋はあるものの、対岸へ跳ね上がっていたのだ。大十郎は腕をひょいと伸ばすと、軽々とそれを下ろしてみせた。
「あ、ありがとう」
お礼を口にした安菜とは異なり、チルサもトッテンカッターも黙って橋を渡る。
その後も似たようなことが幾度もあった。チルサしか入れないような通路の先に落ちていた鍵。ぴったり合う鍵穴は、トッテンカッターが腕を入れて、ちょうど届くくらいの穴の底だった。
一人では行くことができない”シチョウ”とやらの居場所。感謝を述べることもなく、当たり前のように手助けを受け入れるトッテンカッターたちの様子。
経路すら知らされぬまま進む安菜が居心地の悪さを感じてしまうのも、仕方がないことのように思えた。
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